オールドワールド

キップ

第1話

 部屋の静けさをスマホの着信音が切り裂いた。寝息を立てていたオズ・ワルドは重い体を起こしてスマホを手に取った。スマホの液晶にはGeorgeと表示されている。応答ボタンを押して耳に当てた。聞こえてきたのは妙に優しいジョージの声だった。

「やぁオズ。今って何時だっけ?」

 何時って。青い壁にかけられた時計を見てオズの眠気は綺麗さっぱり無くなっていた。

「ごめん!今すぐ行くから」

 電話をすぐさま切り、出かける準備をした。寝癖を治し、箪笥からお気に入りのシャツとパーカーを取り出し部屋を出た。少しして下を履いていないオズが箪笥からズボンを引っ張り出して再び部屋を出た。準備を終え、時計を見ると十時十五分を指していた。電話で起こされた時からまだ四分しか経っていない。よしっと小さくガッツポーズをしてそんなことしている場合じゃないと自分自身につっこんだ。壁に掛けてあるバッグを手に取り玄関に向かった。リビングからすぐにある為、椅子に引っかかって転んでしまった。咄嗟に受け身を取って起き上がり玄関のドアから外に出た。家の中とは大違いの眩しさに目を細めた。早くしなければ。ジョージが待っている駅前の広場に走って向かった。道にはスケートボードを使って遊んでいる小学生くらいの子供や、朝っぱらからイチャイチャしているアジア人と北欧人、老人、ランニングをしている金髪の美女など様々な人がいた。カップルには嫌気がさし、美女に見惚れてしまった。だめだ、だめだ。と当初の目的を思い出し、一生懸命駆けた。

 一分程走ると駅が見えてきた。その手前には広場がありそこでジョージはそこでスマホをいじっていた。おーい。そう言おうとした瞬間足が何かに躓き、盛大に顔から転けてしまった。

 

 うっすらと目を開けると土で汚れ、ヒビが入っている天井が見えた。体を起こすと細かな砂が体のあちこちからこぼれ落ちた。残った砂を手で払い、ベッド柄から降りた。ベッドといってもそこら中にある砂をボロボロの布に入れて形を整えたものだ。ぱっと見Yogiboの化石だろう。オズが住んでいる家は壁は崩れて砂だらけの世界が見え、扉はただ立てかけてあるだけで強風が吹けば倒れてしまう。そんな扉を昔みたく開いて外に出た。見渡せば地平線ばかりで地面は草花が生い茂っているわけでもなく、一面岩だらけと言うわけでもない。只々砂の世界が続くだけだ。慣れた足取りで道なき道を行くと巨大なコンクリートの石板がオズを迎えた。そこには過去な数千年分の日記が記されていた。彫って作られたその今は亡き文字たちに触れていると過去の様々な思い出が、記憶が蘇ってきた。

 

 白い砂浜と青い空。潮の香りのする風を受けてオズは目の前にいるアフリカ系アメリカ人のアイリーンと結婚する。海と二人の間には薄いシルクのカーテンがありそのまた二人の間には神父が聖書を持って立っていた。お決まりのセリフを言い、誓いの口付けを促す。オズは堂々と、だけど紳士に唇を重ねた。そして二人は幾つもの拍手に祝福された。

 アイリーンはブーケトスをする為に少し離れたところで女性陣を背にして立っていた。オズは自分よりも十五歳老けたジョージと話していた。

「やっぱ改めて見るとほんと老けないよな」

 オズの顔をまじまじと見ながらジョージが言う。

「そう言う病気だからって。だからあんなに綺麗な人と夫婦になれるんだよ」

 ため息混じりに言うが、羨ましさが滲み出ていた。

「お前のワイフもなかなかいい女だけどな」

 本当にそう思っていた。

 向こうからアイリーンが自分を呼んでいる声が聞こえてきた。

「オズ!ちょっと、こっ……み……しゃし…………

 

 またか。 

 徐々に覚えていた事を忘れる様になってきていた。その度に過去に彫っていた文字を見て記憶する様にしていた。

 今日は昨日見つけた出来事を刻むことにする。

   推定八千五十六年九月二十日

 昔、ペンシルベニアの森だった地下にシェルターを見つけた。入り口は地下鉄の入り口の様に階段なっていて、五メートルほど降りるとコンクリートでできたトンネルが十メートルほど続いた後に縦四メートル、横幅三メートルほどの鉄製の扉が僕を迎えた。扉の右側にはひび割れた液晶とその下には十個しかないキーボード。それにインターフォンの様なものがぶら下がっていた。扉のあちこちは錆びていて、焼け跡が見受けられた。扉にある一、二センチの隙間に手を差し込んで踏ん張った。扉はうんともすんとも言わなかったが、隙間からネズミとバッタを混ぜた様な生き物が三匹飛び出してきた。見たこともない生物がこれで百四十匹に増えた。

 これを刻み込むだけで体感時間だが六時間は立っていたと思う。

 あの頃が懐かしい。友達と感情と澄んだ空気が満ち溢れていたあの頃が。

 人に会わず、未知の生き物に驚かされるばかりで、砂だらけの今が嫌いだ。

 

 あの病院独特の薬品の臭いが部屋に充満している。真っ白で清潔な部屋の角に置かれているベッドに人工呼吸器をつけたジョージが寝ていた。ジョージは今九十三歳で髪は全て白髪になり、腕には点滴から伸びる管に繋がれていた。ベッドサイドモニターにはゆっくりと刻まれる心電図や低い脈拍が表示されていた。ジョージを看病しているのは今はオズだけだった。オズの姿は全く変わっていなかったが、年齢は同じだ。

 眠っていたのかうっすらと目を開けたジョージはオズを見た。掠れる様な声で挨拶をした。

「やぁ。ハァ、オズ。ハァ、若いな」

 こんな場面でも冗談を言えるのには感心していたが、死に行く親友を見守るのは何かとこたえるものがあった。

「九十歳はハァ、結構ハァ、長生きハァ、したもんだろ。でもな、お前はハァ、もっと生きるだろ。だからな、俺が見れないハァ、未来を、お前に教えて欲しい」

 オズの手を力無く握る。

「だから、自ら死ぬなんてハァ、バカみたいなことすんじゃハァ、ねぇぞ」

 涙が溢れてきた。自分の長生きに疑問を持たず、夢を託してくれた。それだけでもう胸がいっぱいだった。

 だから手を強く握り返し言った。

「わかった。何千年何万年何億年でも生きてやるだから、だから待っててくれ。絶対に忘れるんじゃねぇぞ。約束だからな」

 涙で前が見えていなかった。でもジョージが笑ってくれたことだけはわかった。

 言いたい事を全て言い安心したのか、彼はそっと目を閉じた。その一瞬後、ベッドサイドモニターからピー、と言う電子音が響いた。そしてオズは医師と入れ替わる様に病室を出た。

 

 さぁ、今日は帰るか。オズは足を運んだ。家とは言えない家に。

 崩れた壁の隙間からは沈む太陽が見えた。太陽は何年経ってもその輝きを失うことはなくオズに寄り添ってくれた。

 太陽が沈むと夜がやってる。夜は徐々に危険になっていく。気温は下がり酷い時にはマイナス三十度を下回る。さらには野生動物がうろつき出す。だがここはあいつらのテリトリーだから他の生物に襲われる心配はない。オズはいつもの様に安心しきって眠りについた。明日への希望と不安を抱いて。

 オズが寝静まった頃、外では大柄な狼に恐竜の様な尻尾が付いた生物がキングコングの様に巨大な猿を痛ぶっていた。オズはそれに気付かずぐっすりと眠っていた。

 

 オズは目を開けた。だがもやがかかった様に鮮明に見えることはなかった。

 目の前には人影が四つほど確認でき、何か光る物を囲んで話していた。大柄の人影が話している声が途切れ途切れで聞こえてくる。

「やっとか……ぞ。……久機関が……ば、ポマーが起動……」

 他の人影が一人言う。

「アンソ……っと夢……ないました……」

 聞いたことのない声にオズは驚いた。

『何を言っているんだ?』

 声が出ないことに気付き、オズは喉を触ろうとする。しかし腕の感覚はあるものの固定されているのか動かせなかった。

 どうにか手を動かそうとしているのに気付いた人影がこちらに話しながら近づいてきた。近づいてくるほど声は鮮明になってきた。

「誰だ……んを付けたの……れちゃまずいからな。ピーター。電源を落としておいてくれ」

 オズの頭を触ろうと前に突き出される腕を払い除けようと頭を振った。それでも視界はブレることはなく力無く暗転していった。

 

 朝の日差しが瞼を透けて目に届き、あまりの眩しさにオズは目を覚ました。咄嗟に後頭部に触れた。そこにはただ髪の毛があるだけでそれ以外のものは何も無かった。なんだただの夢か。と思っていた矢先に足音が聞こえてきた。頭を起こして足元を見ると狼らしきものがこちらを見ていた。大きさは狼そのものだがチラチラと何やら太い尻尾が歩くたびに体の横からはみ出して見えた。その瞬間恐怖に襲われた。なんで野生動物がここに?考える暇を与えずその狼らしき生物は飛びかかってきた。ひっ!と後ろにのけぞると壁に空いた穴から外に滑り出ることができた。そいつらはオズが通った穴から這い出てきてオズを追った。オズは捕まらない様に走りながら考えを巡らせた。見たこともない野生動物?ここはあいつのテリトリーじゃなかったのかよ。まさかあいつが負けた?あのキングコングが?そんな事を考えていると横からもう一匹のそいつが現れオズを突き飛ばした。

 オズは強烈な衝撃を受けて気を失っていた。

 

 けたたましくなるアラーム音が逃げ惑う人々の不安を煽る。人々は我先にと国が用意したシェルターに逃げ込んだ。その中にはオズもいた。ひ孫と一緒だ。三人は走り目の前にあるシェルターへ急いだ。だが目の前で惜しくも扉が閉められてしまい。大勢の人々が扉を力一杯に叩いた。その光景に恐怖して幼いひ孫は泣いてしまった。他にまだあるはずだ。そう考えて別のシェルターを探した。背後の上空には光る何かが煙を上げて地面に衝突しようとしている。

 百メートル先にはシェルターを指差して叫びこちらに手を振っている男性がいた。その間には十人ほどいたがひ孫二人を抱えて一生懸命走り間を離されないようにした。

 シェルターへ間一髪滑り込み、その後二十人ほど入ると苦い顔をしながら男性が扉を閉めた。オズは二人に怪我がないかを確認してからほっと胸を撫で下ろした。

 そこからは地獄の日々だっ……た。

 

 目を覚ますと周りをあの狼もどきが囲んでいた。そのうちの一匹は他の奴よりも三倍ほどでかい。そいつが吠えると他の七匹が飛びかかってきた。オズは地面の砂を大量に握って奴らに投げつけた。案の定三匹ほどが怯みその間を死に物狂いで走った。だが、体のあちこちに傷をもらってしまった。

 海まで来ると奴らは諦めたのか、狼もどきの姿は見えなかった。荒れた息を整えて、喉が渇いたので常備している濾過装置で水を作ろうと濾過装置を設置した。そして海水をコップで掬おうと海面に近づいた。するとそこには人間の皮を被ったロボットが写っていた。オズの頭にはいくつものはてなが浮かんだ。その中には知らない記憶があるのに気付いた。

 男に殴られ、台に寝かされ、麻酔を打たれた。

 気付くと目の前には白衣を着た四人の人が立っていた。その中には知っている顔ぶりがあった。

 「父……さん母さん」

 両親だった。

 そこからは絶望だけだった。

 体を改造され、父にやめてと頼んでも鉄仮面の様な顔で無視をされた。

 

 オズは気が狂った様に身体中の人工皮膚を剥ぎ取った。目からは涙では無い涙が流れ、身体中からは血では無い血が溢れ出ていた。

 オズは自問自答した。自分は人間なのか?これまでの自分は何者だったのか。

 苦悶の叫びが世界中に響いた。

 オズは思い出した。全てを。自分が何者なのかを。オズは。その機械は後頭部にある円形状のボタンに指を触れた。

 ごめん

 ジョージ

 

*********************


 世界から人間がいなくなり、人間がいたと言う痕跡しかない。

 

 海辺に横たわるその機械も、また。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オールドワールド キップ @kipp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ