第3話 ローラのお礼
陽光原タワーに向かい、サダミツはローラを後ろに乗せてエアスクーターを走らせていた。タワーの横では、入道雲がさらに大きくなっている。
「火星にも入道雲ってあるのかい」
サダミツの問いかけにローラは自慢げに答えた。
「もちろんですわ。テラフォーミングも相当進んでますのよ。『火星展』でも仮想体験エリアで火星の環境を再現してますの」
「それは楽しみだな。俺は学校で地学部に入ってて、いろんな土地の石を集めてる。いつか月や火星に行って石を採取したくてさ。さっきクレープを出してくれたトキヒコと一緒に、宇宙産業大学を目指して勉強してるんだ」
「火星にも素敵な場所がたくさんございますの。サダミツが来られたらぜひご案内したいですわ」
ローラの声が「UFOクレープ」を食べたときのように甘く響く。だが、2人はもうすぐ別れなくてはいけないのだ。サダミツはわざとそっけなくローラに尋ねた。
「ところで、ローラは高校を出たらどうするんだい」
「私は火星のエラミス総合大学へ推薦入学が決まってますの。卒業したらパパの仕事を手伝いますわ」
「そうか。俺も夢に向かってがんばらないとな」
サダミツは自分に言い聞かせるように答えた。
タワーの入口が近づいてきたので、サダミツはエアスクーターのスピードを緩めた。
「もう『ローラの休日』は終わりですのね」
寂しそうにつぶやく声とともに、ローラのヘルメットが背中にもたれかかる感触をサダミツは感じた。
(『ローラの休日』か。どっかで聞いたことがあるような)
サダミツはモヤモヤしながらも、胸の高まりを抑えるのに精一杯だった。
サダミツがエアスクーターを駐車場に止めると、ローラは慌ててスクーターから降りた。
「待って、レンタルスクーターのヘルメット、返さないと」
サダミツはあわてて引き留めるが、ローラは一言言い放って走り去った。
「中央ホールでお待ちになってて!」
12時になり、『火星展』の開催初日セレモニーが中央ホールで始まった。サダミツたち入場者が見守る中、壇上の司会者が来賓を紹介する。
「この『火星展』の協賛をされていらっしゃる火星の『エラミスグループ』、エイブラハム・エラミス会長及び、ご令嬢のローラ・エラミス様です」
サダミツは我が目を疑った。あのローラがスーツに着替え、両手に箱を抱えて壇上に立っている。壇上ではエラミス会長の挨拶が始まった。
「我が『エラミスグループ』は火星で宇宙船開発を主に行っています。このたびは私が大学生時代に交換留学した思い出深い陽光原で『火星展』を開催することが出来、大変光栄に思っております」
(なるほど、『UFOクレープ』はその時食べたんだ)
心中でうなずいたサダミツは、エラミス会長の次の言葉に驚いた。
「それでは、娘のローラから、陽光原で学ぶ未来ある若者に親善の贈り物をお渡しいたします。サダミツ・キョウゴク君、壇上へどうぞ」
エラミス会長の隣からローラが視線を送っている。サダミツは慌てて壇上に上がった。
「この中には火星の石が入っておりますの。どうぞお受け取り下さいませ」
ローラはすまし顔で箱を差し出す。サダミツは緊張しつつ箱を受け取ると一礼した。
「ありがとうございます」
サダミツの声を聞いたローラは小声でささやいた。
「後はよろしく頼みますわ」
セレモニーは無事終了した。報道陣がいなくなったのを見計らい、サダミツは階段の隅に腰掛けて箱を開く。中にはレンタルバイクのヘルメットと、緩衝材に包まれた塊があった。緩衝材を開くと、ゴツゴツした褐色の石が見える。これが火星の石なのだろう。石を持ち上げると、英語で書かれたメモが底に入っていた。
『展示品から一つ譲ってもらいましたの。 ローラ』
(そうだ、ローラじゃなくて『ローマの休日』。王女様がお忍びで観光する映画だ)
サダミツはモヤモヤしていた気持ちにけりが付いてホッとした。
(さて、『火星展』の後はローラお嬢様の最後の頼みを叶えるとするか)
サダミツは箱を閉じると立ち上がった。
○
それから12年後。宇宙産業大学を卒業後、太陽系警備隊隊員になったサダミツ・キョウゴクは、火星基地に赴任した。シャトルを降りたサダミツを出迎えたのは、金髪に藍色の目の女性隊員だった。
「配属リストの名前を見て驚いたわ。火星の石をあなたにあげたこと、覚えてる?」
サダミツは記憶をたどり、目の前の女性が誰か気づいた。
「ローラお嬢様ですか。しゃべり方が違うので分かりませんでした。あの石なら高校の地質部に研究資料として提供しましたよ」
サダミツの素っ気ない答えに、ローラは眉根を上げながら言った。
「ひどいわ、折角私からのプレゼントだったのに」
「すみませんでした。これからよろしく頼みます」
サダミツは頭を下げた。しかし、エラミスグループの野望に太陽系警備隊を巻き込もうとするローラと、哨戒船『タイタン』船長になるサダミツは、後に起こる火星基地占拠事件で深く関わることになるのだった。
【了】
「UFOクレープ」の休日 大田康湖 @ootayasuko
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