ドッペル・書籍化
脳幹 まこと
あり得たかもしれない未来
俺は3年目の書き手だ。
カクヨム一筋で作品を上げている。短編を週1のペースで作っては投稿している。
評価の方はまだ発展途上といったところ。
「魅力的」や「面白い」といった感想はもらえているので、少なくとも最低限の品質は出せていると自分を慰めている毎日さ。
書き手としては、どうしても受賞や書籍化を目指したくなるが、今のところはまだまだ遠そうだ――
ああ、申し訳ない。愚痴を言うつもりはなかったんだ。
これから話すのは、何というか、不思議な出来事なんだが、ざっくり言うと、
俺は書籍化にあと一歩のところまで到達していた
何を言っているのか分からないって? まあ、珈琲でも飲みながら、聞いてくれよ……
・
俺は以前、長編作品を一つだけ作っていたことがあるんだ。
脳内で長年温めていたもので、熱量も凄まじかったし、設定も練りに練っていた。カクヨムを始めたのも元々はこれを世に出すためだった。
単行本か数巻出せるくらいの文量は既にまとめていたから、毎日投稿してもしばらくはもつだろうと見ていた。
投稿ボタンを押すたびに脳内が弾けてた。楽しかったよ。数分ごとに更新欄見て変化ないか監視してたなあ。
世間に出ている大半の作品に勝てるだなんて本気で思ってた。大きい書店で特設コーナーが出来て、山のように平積みされているところを夢想してたんだ。
でもな、実際はまったく見てもらえなかった。
毎日更新して、文字数も話数も増えていくのに、星もハートもつかないし、新着欄は秒で埋まってしまう。舌を噛み切りたい気分だった。
宣伝もしたし、フォローもしてみた。やれることはしたが、成果だけが伴わなかった。
熱意を注げば注ぐほど、空回りするのを感じた。
ストックの半分を使った時に、俺の心はぽっきりと折れてしまったんだ……
その反動からか、カクヨムはおろか、執筆作業からもしばらく距離を置くことにした。
え、書き手にはよくある話だって?
ここからが本題なんだ。
とはいえ、不満のある人生を過ごしていれば、書く意欲も、ネタも自ずとわいてくる。
カクヨムに戻りたくなったんだ。とはいえ、恥ずかしさみたいなものもあった。
毎日更新していると思ったら、連絡もなく消息不明……今となってはよくある話と受け入れられるが、当時の自分にとっては「よくもおめおめと戻ってきたものだ」と思われそうで嫌だったんだ。
さて、どうしよう。
考えた俺はエゴサーチをすることにした。
検索ワードは勿論、自信作だった長編作品の名前だ。
すると……全部打ち終わる前に検索候補に出てきたんだよ。小説のタイトル「
しかも驚いたことに、同時に「書籍化」という言葉まで出てきた。
ぞくぞくしたね。
自分の意志とは関係なく身体が震えたし、涙までこぼれた。
もちろん、人生で初めての経験だった。あれ以上の喜びはきっと味わえないだろう。
驚くよな?
でもな。本当に驚くべき事態になったのは、この後なんだ。
検索結果に一つだけおかしい点があったんだ。その原作が投稿されているサイトは
カクヨムのものは検索結果に出すらしなかった。
俺は激しく戸惑った。
「亜空礼賛の円舞」なんてタイトルが被ることがあるのか?
だが、目の前にある結果が現実だ。天文学的な確率で被ったのだろう。
その中身を是非とも見てみたくなった。俺はなろう産の「亜空礼賛の円舞」を見てみた。
読んで数分して、アタマがおかしくなったかと思った。いや、おかしかったのだと言われた方がよほど救われたかもしれない。
端的に言えば、
アイデアやプロットが似たりするのはよくあることだ。俺もその程度は許容するつもりだった。でもな、同じだったんだよ、キャラクタの名前、台詞、ルビ、細部に至るまでまったく同じ文章だったんだ。
最初は盗作だと思った。
しかし、各話の投稿時間は向こうのほうが1分だけ
知人の線も疑ったのだが、この作品について、誰かに聞かせたことはなかった。
終いには「実はなろうのアカウントも作っていて、投稿もしていたのに、何かの弾みで忘れてしまった」という案まで出てきた。
アタマがおかしい? 笑え笑え、そっちの方が救われるから。
……もちろん、俺の思いつく限りのパスワードを入力してもダメだった。
自分の頬を思い切りぶん殴った。
よせばいいのに感想欄を見て、賞賛の嵐があって、それが全部自分のモノではないことを知って、おいおい泣いた。
夢が一向に覚めてくれない。現実は目の前にある。
ああ、これは、ドッペルゲンガーってやつなのではないか?
自分と同一人物が世界に三人いるっていう他愛のない噂話……
分かってる。馬鹿馬鹿しいよな。でもな、そうとでも考えないと納得出来なかったんだ。
書き手にとって最もキツいことって一体何だと思う?
あり得たかもしれない未来を直視させられることさ。
カクヨムオンリーにせず、もしなろうにも出していれば。
俺は書籍化作家になれたのかもしれない、今とは違う景色が見れていたのかもしれない……
幾ら後悔したところで意味はない。
俺じゃない、俺によく似た誰かが勝ち取った事実は変わらない。
カクヨムに入ってすぐに、自分の
誰も何も言ってこなかった。ただただ悲しかった。
・
どうした?
顔が青ざめてるぞ?
そんなに怖い話だったか?
俺にとっては怖い話だったけどな。
怖すぎて、あの日以来、書店にも立ち寄れなくなってしまった。
もし仮に
でも、俺がいくら目を瞑り、耳を塞いでも、無駄だった。
周りが俺の目も耳も開かせて、現実をまざまざと見せつけてくるんだ。
先日な、知人がニッコニコでオススメしてきたんだ。
「十年に一度クラスの作品だろ、もっと評価されるべきだよなー」
おかしいな、褒めてもらっているはずなのに。
全然嬉しくなかった。恐ろしく冷たいものが背筋を通っただけだった。
ごく自然に自分の作品に対して「死ねばいいのに」と思った。
他人のモノになっただけで、こんなに薄情になるんだな……知りたくなかったよ。
そいつに最新刊も見せてもらった。どうも、大きい書店で特設コーナーが出来て、山のように平積みされているらしいな?
読ませてもらったが……吐き気がしたね。今に至っても俺の内容と一言一句までまったく同じだったから。
ちょうど俺の考えていたストックが尽きたところで「次巻に続く」ってあったな。
どんな話になっていたんだろうなあ、残念だなあ!!
顔が青いなあ。珈琲が効いてきたか……
恨み?
んなもん、あるわけないだろ。
そいつと俺には何の関係もなかったんだから。
俺がカクヨムだけでなく、なろうでも出していれば良かったんだしな。
でも恨みがなくても、関係がなくても、人を殺すことは出来るんだぜ?
なぜなら、俺は
ドッペルゲンガーと言えば、もう一つ特徴があるだろ?
それに出遭った
なあ、
ドッペル・書籍化 脳幹 まこと @ReviveSoul
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