第2話:喫茶店-1
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
side:
キンコンカーコン、何度聞いたかわからないチャイムの音。
それと同時に先生がチョークを置き授業の終了。
授業が終われば先生は次の支度があるため、そそくさと教材を片付けて教室から出ていく。
クラスのみんなも背を伸ばしたり、机に突っ伏し束の間の休憩時間を謳歌する。
私も腕をグッと前に伸ばしていると、親友の
大きく綺麗な二重の両目は吊り上げられ、ただでさえ勝ち気な眉もそれに釣られてより一層不満顔になっている。
少し視線を下に動かせば日本人離れしたツンとした鼻に小さな口。どこからどう見てもモデルをしてそうな外人さんだけど、正真正銘の昔から続いた名家のお嬢様。
当の本人曰く、悔しいけど日本人の血しか流れていないとのこと。
何が悔しいのかわからないけど……多分、その時に海外かぶれしていたからだと思う。
「どうしたの?
「聞いてよ、
しかし、すぐに声の元が
緒彌の性格はよくあるお嬢様然とした淑女とは真逆だった。中学の頃から男の子と喧嘩をするし、不満があれば面と向かって文句も言う。
逆に手助けしてもらえば、素直にありがとうと言えるし、楽しければ心の底から笑う。
そんな性格含め、多くの男子から好意を抱かれよく告白をされるが、一刀両断。
興味がないと言ってキッパリ断る。
……う、うん。素直な子供って感じで私は可愛いと思っている。そんなことを思い出し、微笑ましい気分になって
「最近、バイトしてる喫茶店にやばい人が来るの!!」
「や、やばい人?」
一瞬で微笑ましい気分が吹っ飛び、少し身構える私。どんなやばい人かと想像してしまったが、緒彌は少し誇張する癖があることを思い出す。
もし、やばい人ならあの筋骨隆々の喫茶店の店長が追い出すし、もっとも本当に危険ならすぐに警察へ通報しているはず。
まぁ、いつもの緒彌の気のせいなんだろうなぁと思いながら流していく。
「そうなのよ! 先週からずっと来るんだけどね! もうすんごいんだよ!」
もう聞いて欲しくてしょうがないようで、もし尻尾があったら暴れ回り千切れそうな勢いだった。
しかも、いつのまにか
そのことに
私は苦笑いをしながら口に人差し指を当て、少し落ち着かせる。
「あら、うるさかった? ごめんね。それでその人ね、平日は学校終わりにバイトしてるから、よくいるなぁって思ってたの。で、私土曜日は朝から入ってるからその日はたまげたわよ。開店と同時に入ってくるとコーヒー一杯で閉店まで居座るの!」
だんだんと思い出して興奮したのか大きな声に戻る
「そうなのね。それは大変だったわね、お疲れ様」
「もう! 大変ったらありゃしないわよ! お昼の忙しい中もずっとバカみたいにスプーンでコーヒーをぐるぐるぐるぐる! アタフタしているこっちをチラッと見たかと思えば、バカにしたような鼻笑い! キーッッ!」
キーッっていつの人よ……思わずそんなツッコミを入れそうになった私だったが、もし言えば火に油を注ぐのが目に見えていた。
「で次の日、日曜日も朝から入ってたの。ちょ、ちょっと遅刻したんだけど……到着すれば、その人すでに喫茶店にいたのよ! 私より先に! 本当もう、信じられる?!」
「う、うん。すごい人ね。というか遅刻?」
遅刻のことに突っ込めばシドロモドロになる
「でしょ! だから私は店長を呼び出して、追い出してもらおうとしたの! 店長も最初はお客さんだからって言ってたけど、どうにか向かわせたわ! ふふん!」
私は平常運転の
「店長がその人のところ行ったのよ、行ったの……」
なぜか
「うん? それでどうしたの?」
パッと顔を上げると九十度に跳ね上がった眉があった。
「店長が何か文句を言ってたと思うけど、数分会話したらなぜか仲良くなってたのよ! しかもその人、カウンターに移動して店長と談笑を始めるし!」
うん? あの店長と仲良くなれるなら良い人じゃないの?
小さく目を瞠ると、緒彌は私の考えていることを察したのか今度は疲れた顔になる。
「わかってるわよ……店長はどこからどう見ても危ない顔だけど、本当は優しい人だって。その店長と物怖じせずに談笑できるのは並大抵じゃないし、それだけでその人もまともだってわかるわよ」
「て、店長さんにそれをいっちゃダメよ?」
「ふんっ!」
私の言葉に
本当、子供ね。クスクス笑いながら話を頭の中でまとめてから要点を聞いていく。
「話はわかったけど、
「ムカつくのよ!」
「そ、そう」
「無駄に顔がいいから、お客さんが一眼見ようとして客足もすっごい増えたし!」
「う、うん?」
「こっちが注文を間違えて厨房へ行く時には小声で間違えてるぞって言ってくれるし!」
「……」
「でもね! 私が嫌味を言っても左から右に流して……まるで子供を相手にした態度が気に食わないわ!!」
頭が痛くなった。むしろ繁盛がよくなって店長がすごい喜んでいる光景しか見えない。
「ふぅ。顔がいいって言ってたけど、相手は大学生なの?」
「おっさんよ!」
「……も、もしかして短い髪に吸い込まれるような二つの瞳。荒々しいけど精悍な顔立ちで」
「あら、見てきたように詳しいわね」
途中で
「そして、達観したような……こう独特な雰囲気がある人?」
「そうよ」
思わず天を仰ぎ、額に手を当てる。
「どうしたのよ、そんな大袈裟に頭を抱えて」
「な、なんでもない」
なんとか言い訳したが、私の心には沸々と怒りが溢れ出でいた。
ここ最近公園にいないからおじさんを心配していたのに……喫茶店に行ってたなんて!
「はぁ……」
勝手に心配して一人怒る自分がバカに思え、ため息をこぼす。
そんな私を
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
趣向を変えて、俺は喫茶店に入り浸っていた。
喫茶店は最高だな、冷房がついている上に安全だなんて。異世界にいた時なんて高級店以外冷房なんて
最初の方なんてクソきったねぇ……おっと、ついつい昔を思い出して口が悪くなった。
そう、大衆酒場にしか行けなかった上に脛に傷がありそうなお兄さんたちと和気藹々とした思い出しかない。
ちょっと荒んだ心を落ち着かせるためにコーヒーを一口。
ふぅ、ここのコーヒーは絶品だな。コーヒーに舌鼓を打ち、余韻を楽しみながら小さく息を吐く。
そしてコーヒーカップを少しだけ持ち上げ、店主に視線を向ける。すると店主は厳しい顔をクシャッとして俺に小さく会釈をした。
ふっ、すでに俺の喫茶店レベルはそろそろカンストしそうだな。喫茶店レベルが何なのか知らんが。
そう、最近の俺のマイブームは美味いコーヒーを提供するこの喫茶店にコーヒー一杯で開店から閉店まで居座ることだった。
コツはちびちび舐めるように飲み、決して空にしてはいけない。空にしたら再注文しないといけないからな!
そんな俺を店主も煙たそうにしていたが、なんと不思議、話してみれば話が弾む弾む。
今ではカウンターに陣取り、ずっと店主と小粋なトークをしていた。
ただ……な。バイトをしている看板娘だという女子高生が俺を不審者を見るよう目で見てくるのはいただけない。
しかも横を通るたびに嫌味もついてくるという。
まぁ、それもしょうがない。相手はおっさんの魅了もまだわからない小娘。歯牙もかけずに右から左へ流せば、歯噛みして涙目になって敗走していく。
それも喫茶店にいる楽しみの一つだった。
たまにやってくる大学生が頑張って看板娘に粉をかけているが、キッパリ興味ありませんと言う姿はむしろ清々しい。
俺から見ても別嬪に見える看板娘だが所詮は小娘。そんな子供に手を出すほどおっさんの俺も落ちぶれていない。
おや? いつの間にか、日も暮れ始めていた。最近は酒を飲まなくなってからは時の流れがむしろ早く感じる。
周りを見れば綺麗な店員のお姉さんや看板娘が閉店の片付けを始めている。
ジリジリ……と首筋へどこから感じる視線。
貴様ッ、俺を見ているなッ! そっち顔を向ければ看板娘の呆れた顔。
やい、看板娘! 何度も俺と時計を行き来しながらチラチラ見るな! 気づいているからな!
そんな声をあげたいだが、今の俺はダンディズムおっさん。決して言葉に出さず席を立ち上がる。
懐から愛くるしい豚の小銭財布からお金を取り出し会計へ歩く。
「ぷっ……なにそれ」
看板娘が後ろから俺の子豚ちゃんを見てクスクス笑ってきた。
この可愛さもわからぬとはまだまだ小娘だのぉ。どこかのお代官様の真似をしながら「ふんっ」と看板娘を鼻でバカにすれば真っ赤になる。
勝ったな。俺は勝利を感じ、ぷるぷる震える看板娘を放置して店主に小さく挨拶。
ふ、おっさんはこのまま颯爽と去るぜ。
その時に髪の毛をかき上げたが、昔のように目元まである陰鬱した髪型ではなく、短く切り揃えられた短髪。
チリンッチリンッ、と小粋な鈴の音を出すドアを押して喫茶店から出た。
おっさんにつらい過去は付き物 羽場 伊織 @HabaIori
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