運命の月曜日
悠太が、いる。
なぜ? どうして? という疑問符ばかりが脳裏に浮かんだ。
そ、そんなことより早く悠太のお母さんに連絡しないと。そうは思うのに、悠太の様子が気になってちっとも手を動かせなかった。
私の質問に、悠太は口を開きかけては止め、を二度ほど繰り返している。困惑しているみたいだ。
まぁ、月曜日で記憶がリセットされた時、私に話しかけられた悠太はだいたいこんな反応である。
「あ、ちょっと、その。聞きたいことがあって」
「え、私に……? いや、違うか。学校の先生かな?」
うっかり勘違いしそうになって、すぐに訂正する。やだなぁ、もう。悠太はたまたまここに来ただけなんだから。
勘違いしたらダメ。余計にショックを受けるのは私なんだから。
あはは、と誤魔化して笑うと、悠太は違くない、とすぐに否定した。……え、否定した?
「君に、聞きたいことがあって。それで、ここに来たんだ。もういないかと思ったけど、見つかって良かった」
ゆっくりと、悠太がこちらに近付いて来る。一歩近付くごとに、心臓が高鳴った。
もしかしたら。
もしかしたら。
やめてよ。期待しちゃうよ。目を逸らしたいのに、悠太が目の前に立って私を見下ろしてくるから指一本動かせない。
気のせいかもしれない。気のせいかもしれないけど、今の彼は、いつもの月曜日の悠太じゃなかった。
「あの、さ。……陽菜」
陽菜って、呼んだ。
「今日は僕に、好きって言ってくれないの?」
「……っ」
今日は、って言った。
好きって言ってくれないの、って言った。
すぐには状況を飲み込めなくて、ただ黙って悠太を見つめることしか出来ない。
悠太はふわりと困ったように微笑んで、さらに言葉を続ける。
「ああ、でも。これからは僕が、今まで陽菜が言ってくれた分を言わないといけない、かな?」
その目は、初対面の私に向ける目じゃない。毎週月曜日に私を見る目じゃない。
恋人になった週の、週末に向けてくれる目。ううん、それよりもずっと深い愛情を感じる目だ。
それは、初めて見る目だった。
ねぇ。勘違いじゃないって、思っていいの……?
「悠、太……?」
「うん。やっぱり、そう呼んでもらえた方が嬉しいな」
夢なのだろうか。もしかして、今日は月曜日じゃなかった? そう思って何度もスマホの画面を確認する。
そんな私の行動がおかしかったのか、悠太はクスッと笑って「今日は月曜日だよ」と告げた。
「思い、出したの……?」
私の掠れた声をちゃんと拾って、悠太はゆっくりと頷く。それからさらに私に近付いて、腕を伸ばしてきた。
気付いた時には、悠太の腕の中にいた。温かくて、優しい匂いがする。
「陽菜、好きだよ」
耳元で、小声で囁かれる告白にゾクリとする。
「ずっと好きだった。雨の中で、陽菜を見付けたあの時から」
あの、日……? まさか、入学式のあの日のことを言っているの? 待って待って。ほんと、理解が追い付かない。
「何度も告白してくれたよね。そのどれもすごく嬉しかった。ビックリするような告白もあったけどね。クリスマスも、バレンタインも、もらったプレゼントは大事にしてる。それだけじゃない、毎日が陽菜のおかげでとても楽しかった」
ああ、覚えてる。悠太がちゃんと覚えてる。忘れてない。覚えてるんだ。
初めて告白した時のことも、みんなの前で告白したことも、教室の窓から叫んだことも、色仕掛けで迫ってみたことも。
それはそれで、色々と複雑だ。複雑だけど……!
「好きだよ。陽菜、すごく好きだ」
目から、熱いものが溢れてきて声にならない。
もう、泣いてもいい。泣いてもいいよね?
私もたくさん好きって言い返したかったけれど、出てくるのは泣き声だけだった。
そんな私をギュウギュウ抱き締めて、悠太はひたすら好きだよ、という言葉を言い続けてくれる。
それがなんだかおかしくなって、ようやく私は言葉を発した。
「な、何回言うの……もう、言い過ぎだよ」
フッと笑って言うと、悠太は少し身体を離して私の顔を覗き込む。泣いてグチャグチャになった顔を見られたくなくて、スッと顔を逸らしながら手で口元を隠した。
「そんなことない。まだ足りないでしょ? 陽菜はこれまで、もっとたくさん言い続けてくれたじゃない。追い付かないと」
そんな私の顔を無理には見ようとせず、ただ優しく頭を撫でてくれる悠太。その手は次第に下がっていき、頬に触れた。
意外と大きな悠太の手は、私の左頬をすっぽり隠せてしまう。寒空の下を歩いてきたからかひんやりとしていて、泣いた後にはちょうど良く、気持ちいい。
「だ、ダメ。私だってまだまだ言い足りないもん」
あまり顔を上げずに目だけで悠太を見上げながら文句を言うと、悠太はプッと吹き出して笑った。
「ええ? あれほど言ってくれていたのに?」
「足りないっ! 悠太が飽きるまで言い続けるんだから。悠太、悠太、好きだよ。大好き!」
次第に、顔を隠すのも忘れて私は叫ぶように告げた。もう、なんだっていい。今伝えないでどうするの!
せっかく、覚えているんだから。
「僕が飽きるまで、かぁ。それじゃあ」
悠太が、反対の手でも私の頬を包む。両頬を挟まれた今の状況、悠太の視線から逃れられないのでは……? 急に恥ずかしさが込み上げてくる。
「一生、言ってもらうことになるけど……いい?」
「え」
「陽菜からの『好き』に僕が飽きることなんてないから」
ず、ずるい。なんてことを言うの、悠太は。こんな性格だったっけ? それとも、タガが外れるってヤツなの?
どこまでも優しい目が、少しずつ近付いて来る。
負けてられないと思った。そっちがその気なら、私だって。
「……うん。一生聞いて。好きだよ、悠太」
「僕も陽菜が好き。一生聞くし、一生言うから」
冷たい鼻と鼻が少しぶつかって、温かな感触を唇に感じた。
その瞬間に、また涙がツゥと頬を伝っていく。これまで我慢した分、今日はきっといっぱい泣いてしまうかもしれない。
だってこの瞬間に、ようやく私の初恋が実ったのだから。
※
ちゃんと恋人になれたあの日から、私たちの間にはルールが出来た。
とはいっても、特別話し合って出来たルールってわけじゃない。何となく続ける内に、次第にそれをするのが当たり前になったって感じだ。
【おはよう、陽菜。今週も変わらず好きだよ】
スマホの画面に映し出されたメッセージを見てにんまりする。
毎週月曜日、朝目覚めると必ずこのメッセージが届いているのだ。
【おはよう、悠太。私も、大好き!】
そして私も、いつも通りの返信をする。既読したのを確認して、心の奥がじんわりと暖かくなるのを感じた。
これがルーティン。毎週月曜日の朝に行われる、儀式のようなものだ。
鏡の前で自分を見つめ、折れるなと言い聞かせ続けたあの儀式から、恋人と愛を確認し合う儀式へと変わったというわけ。
それぞれ違う大学に進学したことで、会う機会は思い切り減ってしまった。アルバイトも始めたし、土日でさえ会える時間は少ない。
正直とても寂しいし、大学で美人な先輩やかわいい女の子に惚れられてないかとか、色々と心配は尽きない。
でも、高校の時よりもずっと心の距離は近付いた気がするし、仲は深まったと思う。
【日曜日に母さんが家で夕食を一緒にどうかって。来る?】
少しの間を置いて、悠太からさらにメッセージが届いた。見た瞬間、思わず「行く!」と声に出してしまう。え、えへへ。
その次の日の月曜日は祝日で、元々デートの予定があったんだよね。楽しみが増えてすごく嬉しい。
心を落ち着けて、今度はちゃんとメッセージで返事を送る。すると数十秒後にまたすぐ返信がきた。
【じゃあ、日曜日はうちに泊まって、次の日は朝から出かけない?】
うちに、泊まる……? えっ、悠太の家にお泊まり!?
あ、いやいや。変な想像はしないよっ。悠太のご両親がいるはずだしっ! ああ、もう、慌てると余計に意識してるみたいじゃん!!
メッセージのやり取りで良かった。慌てる私を見られたら恥ずか死ぬ。
再び深呼吸をしてから、ご迷惑でなければ泊まりたいです、と返事を送った。
ドキドキと悠太からの返事を待つ。すると、今度は数分後にメッセージが届いた。
【来週の月曜日は、直接会って言えるね】
さらに心臓がドキンと鳴った。も、もうっ! 悠太はそうやって時々、すっごくときめくことを言うんだから!
ニヤニヤが止まらない。私はだらしなく緩んだ顔のまま、楽しみにしてると返事をした。
スマホをバッグにしまい、家を出る準備をする。少し火照った頬に軽く手を当ててクールダウン。
「今週もがんばるぞーっ!」
いつも以上に元気が出た私は、意気揚々と家を出た。今週は確か課題がたくさんあった気がするけど、なんだってやってやる! という勢いで。
いつかまた、悠太が記憶障害になってしまうかも、という不安はある。今はとても調子が良いし、このままずっと覚えていてくれるとは思いたいけど……人生、いつ何が起こるかなんて誰にもわからないから。
それでも私は悠太と歩むことをやめない。諦めない。
本当の意味で初恋が実ったあの日のことを、私は生涯忘れない。
この先、どんな月曜日が来ようとも。
月曜日に記憶がリセットされる男の子に、毎週めげずに告白し続ける女の子の話。 阿井 りいあ @airia
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