後編
現場から戻り、遅めの昼食を取った宏仁はすぐに出かけた。目的地はこの辺りで自動車の整備を請け負う工場だ。平日の昼過ぎは忙しいようで事故の捜査だと伝えるとどこも迷惑そうだったが、慣れているのか対応自体はてきぱきとしていた。
「今日持ち込まれたのはこの三台ですね。それ、コピーなんで処分してくれたら返しに来なくて大丈夫です」
写真と依頼者の名前が添えられた紙を差し出してくる。
「ご協力ありがとうございます。すみませんお忙しいのに」
いやいや、と顔の前で手を振っているが早足でまた工場の方に戻ってしまう。そんなことを何度か繰り返した。
そうして得た写真から一枚、めぼしいものを見つけた。
有給休暇を自宅で潰しているとインターホンがなる。一度は無視をしたもののしつこく鳴り続けるので、いい加減追い返そうとドアを開いた。
「あんた非常識だぞ。ふざけたことしてんじゃねえ」
「ああ、良かった。ご在宅でしたか。私、警察の者です。御坂大輔さんですね?」
つっと冷たい汗が背中を伝った気がした。
「実は昨日、事故がありまして調べているんです。お車は今どちらに?」
穏やかな口調だが目は鋭くこちらを見ている。
「今朝見たらタチの悪い悪戯をされてたから修理に出してる。これでいいか?」
ふむふむと相槌をしながら何かを確認している。
「昨日の夜、正確には今日の午前一時ごろ貴方のものだと思われる車両が近くの家の監視カメラに写っていました。確認してください。ナンバーも間違いありませんね?」
突き出された写真にはナンバープレートとへこんだボンネットが映った愛車がはっきりと写っていた。言い返す気力がスッと消えてしまった。
「間違い……ありません……」
「おかしいですね。今の話と矛盾します。……署で詳しい話を伺えますね?」
もはや逃れられはしない。ほとんど直観的にそう思った。
次の日のニュース番組のキャスターはこのように伝えた。
〇〇県警はひき逃げ事故の容疑者として、会社員の御坂大輔さんを逮捕しました。昨日未明同じく会社員の高田弘路さんを車で撥ねた後、その場から立ち去ったと見られるものです。警察では詳しい事情を調べています。
急ブレーキの甲斐なく道の真ん中で棒立ちしていた男は愛車に撥ねられ、短く宙を舞って、そして動かなくなった。
雨に濡れるのも構わず慌てて外に出た俺が見たものは、今自分が撥ねた男ともう一人ぐったりと横たわりすでに死んでいるとわかる年寄りだった。
エンジンを切っていてよく見えなかったが、道路脇に車が停めてあるのが見えた。それで全てを察した。この事故を利用しない手はないと思った。
若い方の男が事故の拍子にハンドル操作をミスった事にすればいいのだ。俺はすぐに行動に移した。
若い男を運転席に引っ張り上げて足をブレーキペダルに置く。拾った岩でアクセルペダルを押さえつけて、エンジンをかけた後、窓から木の枝でも使って足をどかしてやれば谷底に向かって一直線に走り出すだろう。完全に脱力した人間はかなり重かったが、諦めれば人生が終わってしまう。
なんとか男を運転席に乗せてどうせ割れるのだろうし、窓を開けて雨の中を走るのも変だと拾った岩で窓を叩き割ろうとした時だった。
手を滑らせガラスではなくフレームに岩を叩きつけてしまったのだ。その瞬間、エアバッグが炸裂した。予定外の出来事だったがしかしどうせ谷底で作動するのだから先でも後でも関係ないと思い計画を決行した。そもそも二度目の衝突だと処理されるはずなのだから一度エアバッグが飛び出してから谷に落ちても、不思議なことは何もないと思った。それが間違いだとわかったのは帰りに自分の車のエアバッグが作動してないという事実に気がついた時だ。
改めてガラスを叩き割り、全ての準備を整えて拾った枝で男の右足を押しのけた。泥を撒き上げてタイヤが急激に回転速度を上げ、車は闇の底に走り出した。テールライトが光の筋を作った。走って自分の車に逃げ帰る。暴走した末の衝撃音は背中越しに聞いた。逃げ去る時に見えた黄色い炎が全てを焼き尽くしてしまうことを願った。
人通りの多い場所やコンビニの前を避け帰宅し、すぐに明日の仕事は休むという連絡を入れた。
朝一番になじみの修理工場に持って行った。
完璧なはずだった。
「高田さんの死因はハンドルに頭を打ちつけた事による脳挫傷でした。言っている意味がわかりますか?あなたが姑息な真似でエアバッグを誤作動させなければ。いえ、そもそもすぐに救急に連絡をしていれば一人は助かったかもしれないんです。あなたがやったことは運転の過失による事故と逃走ではありません。明確な殺人です。私は貴方を赦しませんよ」
張り詰めた声に俺は項垂れるしかなかった。
暗夜のテールランプ 天洲 町 @nmehBD
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