第27話 不知火ツナ 完。

 オーロラが豊かにいろどる夜のもと。墓場、ましてや終末に似つかわしくない、緊張感ゼロの声音が三つ。


「神様ー、生き返らしてくださいよー」

【そーだそーだ】

「うるさい……」


 拙は死んだ。

 ド派手に頭はじけ飛んだ。


 だが拙は降霊術師。死には“次”がある。

 肉体から魂を切り離す、降霊術の基礎術式、“幽体離脱”。


 もちろんこのまま放置されれば、魂は霊海に帰えってしまう。なのでこうして、命乞いしているところ。


【でなきゃ神様のこと嫌いになっちゃうぞー】

「……、生き返れ」

 チョロいなこの人……。


 肉体は復活をはたした。戦闘で負った傷も元に戻っている。神様はスねて膝を丸くし。こちらを見向きもしない。ひひっ。


【んじゃ、ツナ君。感想戦といこうか】

「えぇ……。めんどくさいです」


【ルールを破ったペナルティだ。君はもう私の命令に逆らえない】

「つくづくいらない設定だな!!」


【えへへー。んでさ、ツナ君。私には先の戦闘、どうしても分からないことがいくつかあってね。説明してよ】


 どうぞお好きに。拙はうずくまる神様にちょっかいかけて遊んどきます。ほっぺたつんつんしてみたり。


【まずはじめに、どうして銃弾の発射順が神様とかぶっていたの? 偶然なわけないよね】


 神様の一撃目、空砲をのぞき。次撃からの神獣弾、絶歌弾、絶歌弾、神獣弾、実包。拙と出玉はかぶっている。


 自ら弾込めを行わせたのだから、並び順に関しては説明がつく。相手の装填手順を、後から真似ればいいだけだから。

 わざわざ手間な装填方法をとらせた理由はここにもある。


 が、発射順に関してはそうじゃない。二人ともシリンダーを回転させた。つまりは六分の一。十分ありえる可能性ギャンブリティ、だが拙は、はじめから発射順がそろっていると確信を持っていた。


 なぜか。そうなるように、拙が仕組んだからだ。


「拙は最初のグーで、神様に触れました。あのとき、触れることが発動の条件である、降霊術を発動したのです」


 “転能才嫁”。生き霊の才能を、数十秒だけ借り受ける異能。


「もらったのは、神様の“シリンダーを回す”という才能」

【それ、才能なの?】

「かっこよかったじゃないですか」


 つまり拙は、神様と全く同じ回転動作が取れたというわけだ。空砲は、ずらしてあげるだけでいい。


 手に持つハンドガンを口に咥えて、引き金をしぼる。カチッ。当然不発。


【ならさ。“一発目”はどうなんのさ。なして無抵抗で受けいれたのよ】


 神様の出鼻をくじき、主導権をもぎとるにはあの無茶が必要不可欠だった。なので賭に出た。


「六分の一を引き当てることができれば、以後すべての戦況を拙がコントロールできます」


 十全の利益が見込める賭けだ。命くらいベッドするさ。


【は? ならあれは正真正銘、ギャンブルだったってこと?】

「外れたときのことは考えていませんでした。どうせ死ぬからです」

【いかれてんなぁ……】


 つまり、一撃目の“あたり”を引いたあのとき。すべてのチャートが決定したというわけ。グーパンチから、自殺まで。計画通りに。


【んでよ、なんで私のルール破ってまで、自殺したの?】

「ちっとは頭使ってくださいよ。姉さんみたいに」


 このゲームのルールをよく思い出して。


『神様が拙を殺すことができれば、好きになってやってもいい』

 拙は“神様に”殺されてはいけない。なら拙が拙を殺せばいい。


「というのは冗談にしても。拙はしっかり勝利条件を明言していましたよ。『先に殺した方が勝ち』と」


 誰が、誰をとはいっていない。


 ならば神様よりも先に、拙が拙を殺せば、ゲームは勝利だ。

 物事において一番の必勝法は、自らがルールになること。


 極論、じゃんけんという舞台に神様を引きずり下ろせた時点で、拙の必敗は五分に転じた。


 頭をつかった。自殺するために、自分の“頭”をつかった撃った。なんちって。


【へりくつじゃん! ひりつくじゃぁん~】

「ひひっ」


【んで最後に。どうしてツナ君は、“じゃんけん”なんかしたわけ? たしかに神様への。あるいは、私に対しての『やつあたり』という意味は多分にあるんだろう。でも、それだけで動くのは、君らしくない。それはミツキの流儀だ】


「べつにじゃんけんでなくてもよかった。拙の真の目的は、どちらかが“死ぬ”ことだったからです」


 どちらかが死ななければいけない。

 話し合いはだめだった。殺し合いは嫌だった。

 だからやつあたりの“ついで”に、自殺した。

 思いのほか楽しくて、ほくほくしています。


「ミツキ、戦争の勝利条件は?」

【なんだよいまさら。そんなの、三種の神器をそろえ、神様を復活させることと……、あ。あ!?】


 至りましたか。

「拙達が現実的ではないと切り捨てていた可能性。そう、どちらか陣営の“絶滅”です」


 敵陣営の人間を一人残らず殺す。およそ不可能とおもわれていた、“詰み回避”の裏ルート。それがここにきて鍵になる。


【不知火ミナはあくまで、呪術師、ななしののろいを素体とした疑似復活。つまり、“神道陣営”の人間】


「一方拙は、ほぼ離反状態にありましたが、名目上はバサラ陣営」


 ほかの人間は、すべて溺れた。

【飛行能力があれば津波を回避できた。でも──】


 飛行能力を有していたのは二カ国だけ。飛行機をもつちゅうぶと、ほうきに跨がるきゅうしゅう。


 ちゅうぶは姉さんが滅した。きゅうしゅうは拙が落とした。

 すべては繋がっている──。


「よってこの子はもう、かけねなしの神様です」

 いつまですねてんの。頭、なでつける。


 完全復活を果たし、呪術師は、まことの“魔法使い”となった。

 原初と呼ばれた美しき少女。不知火ミナ。そんな彼女は──。


「……はぁ。もういいや、へんな意地張るの。みんなに好かれるのって、難しいね。神様らしくするの、やーめた」


 すがすがしい面持ちで、ぐっとのびをした。


 五百年間の神話を、軽く一言で終わらせる。そんなところもじつに、神がかっている神様でした。


「戦争の勝利は神道陣営が。しかし、決闘の勝者は正真正銘ツナ、あなただ。特例的に、君には願いを叶える権利をさずけます。君はこの世界をどうしたい?」


 お、ありがたい。


 ずっと考えていた。夢の先、世界を滅ぼしたあとどうするか。

 全員生き返らして、差別もなくして、神様といっしょに永劫にいきる。理想ならある。だれもが求める幸せを、今なら作れる。


 でも、本音は違う。ミツキ、これも契約のせい? 今、どうしようもなく、悪いことがしたい。


「死んでもいい、だから殺してもいい、そんな奴らがいつだって人を傷つける」

 生き返るからって、体のいい言い訳つかって。拙も。エンマも。姉さんも。ミツキだって傷つけられてきた。神様、あなたもだよ。


 実のところ。 

 拙は世界に復讐したかったわけでも。神様に報復したかったわけでもないんだ。

 拙はたぶん、世界で一番悪い子。


 世界で一番、拙がみんなを殺したい。


「いらないよそんな奴ら。一度でも魂を蔑ろにした奴らは、ものすごく汚いんだ」

 ミツキや姉さんのてのひらはだれよりも血まみれ。でもいつだって本気だった。だから魂がきらめいてみえた。


「汚い奴らは生き返っても、どうせ誰かを傷つける。拙の望みは──」

 細かいことは神様にまかせよう。正直なところ、もう世界すらどうでもいいんだ。


「永世中立国ほっかいどうのみの復活」

 戦争をこばみ、死を受け入れ、神を否定した人たち。


 拙たちの物語に、一度だって登場しなかった彼らこそ、真に罪なき高潔な魂だ。

 まきこんで、マジでごめんなさい。


【私、罪を背負うとかいやだよ。重いもん。そんなの、ランドセルで卒業しようぜ。肩こるし】

「だから拙達は悪い子なのです。一緒にグレちまいましょう」


「あいわかった。今ココに、あなたの望みは叶われた」


 あっけなく、物語は終幕をむかえた。


【紙袋は主人公、これにて完結!】


 ほら、最後のさいごまで腑抜けてる。

 この結末は、きっと正しくない。


 物語として、相応しくない。

 なぜって? 得たものが、悲しみと、罪と、悪友達だけっていう、つまらないものだから。


 教訓はもたらさない。カタルシスなどありゃしない。読むだけ時間の無駄、拙の物語りは駄作。


 ただ、ひとつだけ確かなのは──。

 

 拙は主人公を知っている。





【んね、いまからどーするよ。暇だし、打ち上げでもする?】


 ほら、こんな声が聞こえてしまうのだから。ミツキの“声”が聞こえてしまうのだから。

 この子の主人公が自分であることを、拙だけが知っている。


 これから終わる物語。誰も見向きもしない物語。よく覚えておいてほしい。

 

 ──主人公は拙だ。

 

 〆終わり。

 以後、蛇足。


「却下です。ほっかいどうにいったら、マジで殺されちゃいますよ……」

「なら神様、やりたいことがあるかも。実は神様、西暦1500年ごろの生まれなの」

【え? でもM災おこったの、二十一世紀でしょ】


「うん。神様ね、魔女になってすぐM災をおこしたことにしているけれど、実は違うんだ。五百年くらい、魔法の拡散をふせぎながら、しれっと暮らしていた。世界を滅ぼしたのはその後のことなんだ」

【ばばぁじゃん】

「へぇ。またどうして?」


「核戦争が勃発して、世界中めちゃくちゃになったの。市民は飢餓とかでほとんど死んじゃって。綺麗だった地球も汚れてしまった。それで神様おもったの。もう一度綺麗にしようって」

「はぁ……」


「生き残ったばっちい権力者なんかも一掃して。綺麗な星で、綺麗な人たちだけで暮らしていこって。で、この世界ができたってわけ」


【人間は汚いもんでしょ】

「そんなことないよ。だって神様はとても綺麗だもん。なら、神様のことを好いてくれる人は、おなじくらい綺麗で貴いよ」

「ひひっ。その理論なら確かに、全人類がミナを愛した場合、みんなこぞってお綺麗だ」

【ミナちゃんの愛欲。根源はそのナルシズムだったのか!?】


「んでミナ、やりたいことってなんですか」

「神様、十五世紀の地球。複製つくって待ってるからさ。“魔法少女”になるまえの神様で、待ってるからさ。二人、迎えに来てよ」

「またどうして?」


「神様のことが好きな人は綺麗な人。そう信じていたけれど、間違ってた。ツナも、キナも、神様のこと嫌いだったけれど。ほっかいどうの人たちも、たぶん神様のこと大嫌いだけれど。みんな、綺麗だったんだ。だからね──」


「まさか……」

【ツナ君の嫌な予感は、いつだって当たるのです♪】


「神様が“好き”になった人が、たぶん綺麗な人なんだよ。この理論が正しいか、神様、確かめてみたい。でも今の神様は、すこし大人っぽすぎるから」


【多感な時期の恋する乙女を。君はむかえに来てほしいんだね。もちろんいいよ! ツナ君、命令です。いっしょにミナちゃん、“オトしに”いこう!!】

「あぁ最悪だ!」


 ミツキの知らない、思い出したくもなかった、ツナルール。ナンバー97。

【ツナはできる限り、女の子にモテるよう努力する】

 



 そんなこんなで拙達は。西暦1500年、中世時代はここ、東ヨーロッパ地方にきています。


 金色に燃える麦畑。ミナのふるさと。いまはなつかしき死國とおなじ風景に、すこしばかり涙を流す。


 嵐がすぎたあとなのか。陽光がつゆに反射しキラキラとゆれて。黄昏すら泣いているように見えた。


【ほんとにこんな場所いんのかね、あの子】

「麦畑を所有する、大地主の奴隷だったそうじゃないですか。はやく見つけてあげましょう。顔見てわかるかなぁ」


【顔……。そういえばさ】

「なんですか?」


【ツナ君、ずっと紙袋かぶってたじゃん】

「はい」


【ほんでミナちゃんも、目、かくしてたじゃん】

「ええ」


【だからね、たぶん二人共の素顔知ってんの、私だけなんだわ】

「はぁ……」


【そんでねツナ君。ミナちゃんと君、いちおう親族じゃん? だからなのかなー、二人ね──】


「あ、ちょっとまってミツキ。あれ、あの子、ミナじゃないですか!?」


 ミツキとの会話を切り上げて。足をひきずる、小さな少女のもとへ駆け寄った。水たまりを覗こうとしている彼女の肩を、いきおいよくひっぱる。


「キャア!?」

「あ、ごめんなさい、きゅうにビックリしたよね」


【あのねツナ君。君の、一目惚れしちゃうくらい可愛い顔とね。ミナちゃんの顔がね】


「おめ、何もんだぁ!?!?」

「ちょっ、ミナ、あんまし引っぱらないで。紙袋は破けやすいんだから!?」


【ソックリなんだ】



 ビリリッ。



 宇宙爆誕。

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