お前勘違いしてないか?

リューベックへと向かうこと半日以上。

空は殆ど暗闇に染まりつつあった。

地中海性気候の冬の空は相変わらずよどんでいる。

雲から微かにもれた西の夕焼けを背にし、俺は東の原野を見つめながら黄昏ていた。

紫色に染まった空には微かに星も見える。

微かな低木を除き、なにもない原野を俺は馬の上から眺めていた。


「……あの…」


「なんだ、しょんべんならさっきしただろうが」


「違います…たぶんさっき偵察に行った人たちが戻ってきましたよ」


俺が指した東の方には一騎の偵察兵がこちらの方に走って来ていた。


「ほら、馬に……馬?………一頭だけ?」


どういうことだ?なんで馬に乗っていた兵士がいない?しかも3騎で向かったはずなのに一頭だけ……やられた?でも誰に?彼らはたしか兄貴の命令でこの先にあるリューベック側との連絡の為に北東に向かった……まさか裏切りか⁉いやでも……ならなんで馬だけ逃がした?もしリューベックが裏切っていて、こちらを迎え撃とうとしているのなら準備も万全だろし、馬を取り逃がすなんて……もしかしてリューベックじゃない?諸侯連合軍が近くにいる⁉


「……………引き返すぞ」


「え?」


「…リューベックが裏切った!!全軍方向を反転しろ!!今すぐハンブルクに帰還するぞ!!」


「裏切った⁉リューベックが⁉やっぱり…いや…でもなんで⁉」


兄貴の命令に部隊は黙って方向を西へ転換していく。だれも兄貴の命令に疑問を抱いてないのか?


「リューベックじゃなくて諸侯連合軍の可能性は⁉」


「ああそうだ、リューベックの主力はハンブルクと同じで傭兵…パイク兵と銃兵だ。たった3騎の騎兵が銃兵に撃たれたら馬ごとハチの巣だ。一頭も生きて帰れねぇよ。それに俺はあいつらにたった3騎でパイク兵と銃兵に突撃しろなんて無茶教えた覚えはねぇ。第一歩兵の脚じゃ軽騎兵の斥候に追いつけねぇよ……馬の尻の…それも左側に返り血があった。もし俺の部下が敵の伏兵を知って、すぐにこちらへ撤退したとする。その背中を敵が追ってきて、その敵が軽騎兵で、なおかつ右利きだったら……一番狙いやすいのは左後ろからの攻撃だ」


「…………………でもなんでリューベックが裏切ったって…」


「こっからリューベックまであと2時間もねぇんだぞ⁉どうしてこんな場所に連合軍の部隊が居る⁉あいつらはリューベックにたどり着いた、そしてそこに居たのは味方じゃなくて連合軍だった……それなら辻褄があう」


「でも……じゃあリューベックが連合軍に包囲されてる可能性は⁉」


「ああ…それもある……だが可能性は低い。そもそも都市を包囲するのには膨大な兵士と物資、時間が必要だ。ハンブルクへの援軍を阻止するための抑えとして少量の部隊を配置するならともかく、二つの都市を同時に包囲する力なんて一介の貴族にできるか……それならリューベックが裏切って、連合軍と合流していた方が現実的だ」


「でもあの時の残存部隊は南西に向かってましたよね⁉敵の主力部隊が北東にいるのならなんで反対の方向に?」


「偽造退却の可能性は捨てきれん」


「その根拠は⁉」


「あぁ⁉根拠だぁ?ねぇよそんなもん、感に決まってんだろが」


「感感感って……それで死んだらどうするんですか⁉あの時みたいなるのは二度とご免だよ!!敵がハンブルクの籠城を知って先にリューベックを攻めていたらどうするんですか⁉各個撃破されて終わりじゃないか!!」


「……やつらの目的はハンブルクを奪うことだ…2年もかけたヨハンたちがハンブルクより価値が低く、それでいてハンブルクと同様に堅城なリューベックをわざわざ包囲してまで奪うメリットはない。それにハンブルクの援軍が来ないことを期待してリューベックを包囲していたとしても、二度も包囲戦を行う余力などないだろう。どんな馬鹿でも次がある限り人は学習する。短気なヨハンが2年もの歳月を待って始めた戦争だ。同盟の諸侯たちもいるなかで、そんなアホなことをするとは思えん。それに宣戦布告を受けてすでに三日目だ。リューベックはハンブルクより諸侯連合の領地に近い。先に包囲されるような動きが有れば、未然に援軍をこちらへ呼ぶはずだ。それがない以上は……裏切ったんだろう」


「でも全部…あなたの推論じゃないですか⁉」


「ああそうだ。だから言っているだろ感だって。これまで多くの同僚が俺の事を馬鹿にして笑った。考え過ぎだってな。だが笑った奴から先に死んでいった。今俺の周りに居る奴らはその時笑わなかった連中だ。俺もコイツラも俺の間で何度もこの戦場を生き抜いてきた。いいかションべん小僧。戦争に確かな情報なんてねぇ。全てにおいて不足していて、不確実性に溢れてやがる。そのなかから確かな情報をあぶり出し、あとは分かる範囲で動くしかない。つまり感だ。その感が当たれば生きる。外れれば死ぬだけだ」


「そんな……」


「安心しろ、俺の感は当たる時も有れば外れる時もあるが、俺の感を笑った奴はどんな結末であれ確実に死ぬからな。だから今回は……初陣で手柄を立てたせいで少し調子に乗ってしまっただけの馬鹿な弟分として、ゆるしてやる。お前は俺の感を笑うことはなかったからな。死ぬことはない。だが手足を切断されて、狼の餌になりたくなかったら、これ以上俺に反論しないほうが身のためだぜ?」


「っ⁉」


目の前の大きな背中から聞こえた言葉に俺は喉を詰まらせてしまった。そうだった。この男は泣く子も黙る傭兵で、子供を攫う盗賊まがいの悪党であったのに。たった数週間一緒に居たせいで、どこか忘れてしまっていた。


「言ったよな?死にたくなければ素直な方が良い…自分の身を弁えろと……俺はお前にとってのなんだ?」


「……兄貴です」


「なら黙ってお前は俺の後ろに乗っていろ…生き残りたいならな」





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