前哨戦
宣戦布告を受けたハンブルク政府はまず同盟都市である東のリューベックと西のブレーメンに参戦要請を出すと同時に、契約を結んでいた4つの傭兵団たちをハンブルク郊外に集めた。ハンブルクはリューベックとブレーメンの援軍を期待し、攻城戦を選んだようだ。傭兵団は俺が所属する事になった”名もなき狼が2000人”のほか、”赤い大地が1000人”神聖連盟は2000人”鉄と血の同盟1000人”の総勢6000人強だ。そのほかハンブルク市守備隊が1000人となっている。また守備隊の予備役として、市内の武装した市民が3000人以上存在している。
各傭兵団はハンブルク政府の指示の下、城壁の周りに拒馬を設置し落とし穴を掘っていく。ハンブルクの城壁は大砲などの攻城兵器から都市を守るため、低く分厚く、また南の中州には30門の大砲が設置された星形要塞が、城壁から突き出るように建造されている。ハンブルク城塞都市としての側面も持ち合わせていた。また西と南は北海へ流れるラーベ川が入り組んでおり、拒馬と落とし穴はその川を挟みこむように設置された。一番敵の注意が向くであろう南面の星型要塞には500人の守備隊と鉄と血の同盟1000人が入り、要塞の後ろには後詰余力として守備隊500を設置する事になり、東面は名もなき狼が、西面は神聖連盟が、北面は赤い大地が担当する事となった。また各城壁と城門の内側には3000人の民兵が待ち構えており、民兵はハンブルクの執政官であるフロレンツが直接指揮している。
そして俺は兄貴からもらったお下がりのピストルを一丁と、料理で使っていたナイフを持って来ていた。傭兵たちの平準装備であるパイクやマスケット銃なんてこの体格じゃ持てないけど、ピストルなら両手で撃てる。防具は子供用のなんてないから麻布一枚だけだ。
こんなこと言うとフラグに聞こえるかもしれないが、正直負ける気がしない。
まぁまだ敵の人数は正確には分かっていないけどね。だから兵数の多い傭兵団から3つの先遣隊を東西と南部に派遣する事が決まった。
先遣隊に課せられた使命は正確な敵の数と位置を把握し、可能であれば敵の先遣隊の撃破、または遅延を行うこと。そして東への先遣隊は兄貴が率いる300名の大隊が派遣されることになった。当然俺も兄貴の小姓として連れていかれることになった。
また東の先遣隊はリューベック軍との合流・連携のための目的もあるようだ。
俺は兄貴が乗る馬の後ろに乗せられていた。
周りを取り囲む傭兵たちはまるでお姫様を連れる騎士だとか、兄貴や俺を茶化していた。部隊の中は意外と気楽な雰囲気だった。だがそれもすぐに切り替わる。
ハンブルクを出発して三時間、ついに俺たちはヨハン連合軍の先遣隊と思われる部隊と遭遇した。数はこちらとほぼ同数の300人ほど。だがこちらと違ってその殆どが騎馬だ。兄貴は望遠鏡を覗きながら先遣隊の様子を確認していた。
「ヴェルフ家の旗だ。後退するぞ」
リューネブルクを支配する貴族たちの旗を確認した兄貴の指示の下、俺たちはゆっくりと後退していく。すると敵の先遣隊はこちらを追うように行進を速めた。
「お前ら!貴族様が釣れたぞ!!俺たちを舐めてる馬鹿どもに鉛玉ぶち込んでやれ!!」
「おう!!」
兄貴の声に傭兵たちが雄たけびを上げた。
その間にも突撃を開始した200余り騎兵たちとの距離はみるみる内に縮んでいく。
「お前ら後退やめ!!武器を構えろ!!脱糞小僧、俺が言ったタイミングで魔法を使えよ」
瞬きをするために地響きは強くなり、騎兵が巻き上げる土埃はどんどんと大きくなっていく。
「おい!聞いてんのか!?」
次第に長いランスを脇に挟んだ騎兵の顔が見えた。
「今だ魔法を使え!!」
何人かがこちらを訝しげに見つめている。
え?敵来てんのに、なんでこっち見てんの?
「おい!!ボケっとしてんじゃねえ!!今すぐに魔法を撃て!!」
いつの間にか硬直していた俺の頭を兄貴は鷲掴みにしていた。親指と小指がコメカミに入り込んで痛い。
「だっ…脱糞!……脱糞しろ!!」
俺がなんとか肺から息を絞り出して魔法を発動すると、先頭を走っていた騎手が馬から崩れ落ちた。
馬から落ちた騎手はなんとか立ち上がろうとするが、重いフルプレートを着たまま馬から落ちた衝撃でその動きは遅い。そんなことをしているうちになんとか立ち上がろうとした騎手が後方を走っていた騎兵に踏み潰された。
先頭を走っていた騎兵の一人が腕で合図をすると、密集していた騎兵が扇型に広がっていく。
「違う!!200人に使えたのは嘘か!?」
「嘘じゃ…」
「ならさっさと使え!!」
「っ…全員脱糞しろ!!!!」
その瞬間、騎兵の半分以上が地面に倒れ込んだ。それ以外の騎兵も手綱を握りながらもうずくまり、先頭を走っていた騎兵や馬にぶつかって隊列が乱れていく。
「よし!!銃構え!!……撃てぇ!!」
兄貴の合図で100丁のマスケット銃が火を吹いた。
それによってなんとか突撃を再開した50余りの騎兵に鉛玉が貫いていく。
第一掃射で半分が倒れ、当たらなかった者も、当たっても鎧いでなんとか防いだ者も、二回目の射撃でまた半分が倒れた。そして最後には全員がパイク兵によって串刺しになった。怪我人は数人出たが、今のところ死者はいない。兄貴の背中から覗いた先には、首を貫かれた貴族の男が、兜の隙間から血を吹き出していた。
俺はすぐに視線を兄貴の背中に戻す。
残るは馬から倒れた重装歩兵と、後ろに続く軽装歩兵の従者たち100余りとなった。
「全具体列を維持したまま前進!!マスケット兵は弾を込めながら歩け!!」
この中世の戦術はテルシオと呼ばれるものが主流だ。中世といえば騎士の時代と思う人もいるかもしれないが、それは半分間違っている。多くの人が中世と言えば思い浮かべる15世紀から16世紀は銃と傭兵の時代であり、騎士は没落して衰退していった。
ただ唯一地球と流れが違うのは、銃の発達がかなり進んでいることだ。この時代であれば火縄式が主流であるはずだが、この世界では火縄式はすでに廃れ、燧石を使ったフリントロック式のマスケット銃が主流となっている。また中世は意外と戦争は少ない時代であったが、この世界ではそこらじゅうで貴族や王、民衆が己の権益の拡大を目指し争いが勃発していた。銃の発展が早いのはそのような背景が関係しているのだと思う。そんなマスケット銃と5メートルの槍を持ったパイク兵で構成されたテルシオの進行速度はかなり遅い。だが騎兵の多くは脱糞魔法による腹痛と、重い鎧を着たまま地面に体を打った衝撃で立っているものはほとんど居ない。
隊列を崩した騎士たちと傭兵団の距離は目測で200メートルを切った。射程に入ったマスケット銃が何度も火を吹いていく。なんとか立ち上がる騎士たちは、立ち上がるたびに鉛玉によってまた地面に倒れ伏した。
5度目の掃射のあとには立ち上がる騎士は誰一人存在しなかった。その惨状に敵の軽装歩兵はすぐに撤退していった。
「お前らよくやった!!奪えるもん奪ったらすぐにリューベックに向かうぞ!!」
周囲の安全を確認した傭兵たちに兄貴は指示を飛ばしていく。それを合図に傭兵たちは武器を放り出して騎士の死体に群がっていった。
「一人3つまでは自由に奪っていい。それ以外は頭のもんだ。お前も早く行かねぇと全部なくなっちまうぞ」
「はっ…はい」
兄貴の言葉に俺は急かされるように馬を降りた。土と血の匂いが充満する原野の中で、俺は騎士の死体に群がる傭兵たちの方へおどおどと歩いていった。
「おいお前ら!!小さな英雄様がお通りだ!!道を開けろお!!」
すると気づいたら俺はジョンに首を絞められていた。酒の匂いがすると思えば、ジョンの左手にはワインが握られていた。
「おおぉ!!よくやったぞ脱糞小僧!!」
「キャー抱かせてぇ〜!!」
ジョンの掛け声に多くの人たちが口笛や雄たけび、声援?を俺に向かってかけていく。
「いっ…いつの間に…お酒飲んでいるんですか…」
「おう!あいつらが置いていった馬車に酒と食料がたんまりあったからよぉ!!」
そう言いながらジョンが指さした先には二台の馬車に何十人もの男たちが群がっていた。
俺はなんとかジョンから離れると、ジョンから逃げるように騎士の死体に駆け出した。
兜に馬の蹄の跡があること以外は、死んでいるのかと不思議に思うぐらい綺麗な鎧だ。
「うっ……きもい」
なんとか仰向けに倒した遺体の顔は潰れており、目ん玉が飛び出していた。
俺は財布があるかと騎士の懐を探ってみたが、特に何もなかった。大の大人の防具やレイピアなんて使えない。俺はあたりを見渡すと近くにいた馬の腹にいくつか革袋が吊るされているのを見つけた。
まさかと思ってその革袋の中身を探ってみると、大きい革袋2つには携帯食料と水が入っており、小さい方には金貨と銀貨が入っていた。よく見れば他の傭兵たちも同じように馬に吊るされた革袋を探っていた。
俺の戦利品は全部騎士から奪った財布で、中身は金貨6枚と銀貨158枚の758ダカット。日本円にするとだいたい7万円から8万円だ。
自分の感覚的には死ぬかもしれない経験をして7万円は安すぎるが、ジョンに聞いてみたところ寧ろ良い方らしい。これが同じ傭兵や雑兵だとこの半分ほども取れないとか。傭兵が好き勝手奪った物以外は、食料は全て連れてきた馬車に詰め込み、鎧や武器、貨幣は奪った馬車か馬に背負わせて、報告と警護のために50人と一緒にハンブルクの方へ向かっていった。
傭兵が略奪したものを除いた戦利品は馬車が二台。馬が120頭。傷物を含め鎧一式が100余り、兜やブーツなど防具単品が100余り、銀金貨1万ダカット、ワインが50瓶、ビールが4樽、堅パンや携帯食料が1000kgほどだ。
小一時間ほどで略奪を終えた俺たちは、またゆっくりとリューベックに向けて行進し始めた。
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