第2話 真の実力を見せつける

 苛烈な破砕音に呼ばれて俺が曲がり角を曲がると、そこは巨大な謁見の間だった。


 階段上の玉座に見下ろされるホールでは、俺の元クラスメイトたちが剣や魔法を振るい、激しい戦闘を繰り広げていた。


 対する敵は、一人のようだった。

 おそらくは、このダンジョンのボスだろう。


「——ッッ!?」


 彼女の姿に、俺は呼吸はおろか心臓の鼓動すら忘れてしまった。


 美しかった。


 ただ、どこまでも彼女は美しかった。

 腰まで伸びた金色の髪は月のようなやわらかくきらめき、あの部屋と同じ瀟洒な魅力に満ち溢れていた。


 同じく金色の長いまつ毛にふちどられた切れ長の瞳は大粒のルビー色で、吸い込まれそうな妖艶さに心を奪われてしまう。


 女神がいるならこのような姿に違いない。

 彼女こそがこの世の至宝に違いない。

 けれど彼女の絶世の美貌に威圧なんてされない。


 無垢な純白のドレスに身を包む彼女の表情には強い意思と気高い品格がみなぎる一方で、ふれればうたかたの夢のように壊れてしまいそうなはかなさもあって、むしろ守ってあげたくなってしまう。


 俺の全てを彼女に捧げたい。

 彼女を守る騎士になりたい。

 いっそ彼女になら殺されてもいい。

 そう思わずにはいられない、稀有な存在だった。



 そんな彼女を30人の高校生が剣で囲み、矛を向け、魔法の熱線を浴びせていく。

 彼女が傷つくたび、男子たちは熱狂し、女子は下卑た。


「うっひょぉおお! もうちょっとでおっぱい見えるんじゃね!」

「ダンジョンボスがこんなバルンボルンの美少女なんて思わなかったぜ!」

「乳もケツも爆発寸前じゃねぇか。最高だなおい!」

「おいお前顔とおっぱいは傷つけるなよ! あとで楽しむんだから!」

「最初にヤるのはオレ様だかんな!」

「金髪紅眼爆乳爆尻! 金髪紅眼爆乳爆尻! 金髪紅眼爆乳爆尻! 金髪紅眼爆乳爆尻! 金髪紅眼爆乳爆尻! 金髪紅眼爆乳爆尻! 金髪紅眼爆乳爆尻! 金髪紅眼爆乳爆尻! 金髪紅眼爆乳爆尻! 金髪紅眼爆乳爆尻!」


「男子サイテー! バケモン相手に欲情するとか変態じゃない!」

「みんな、あんな女さっさと焼き殺しちゃお!」

「そうそう。あたしより背が高くて手足が細長くてウエストは細くて短くてだけどホクロひとつない肌とかムカつくんだけど」

「ていうか何よあの男子に媚びた胸とお尻と顔。こういう女がいるからあたしたち女性への性的搾取が助長されるのよ! 女性は全員あたしみたいに坊主頭でスネ毛とワキ毛を生やして化粧をやめるべきなのよ!」

「みんな騙されないで! あれは男子たちを惑わす擬態! 幻影魔法に違いないわ! だってあんな金髪紅眼爆乳爆尻色白長身モデル体型の超絶美少女なんているわけないじゃない!」

「じゃなかったらきっとゴーレムよ! 動くマネキンなのよ!」

「そんなの脱がせてアソコがどうなっているのか確認すればわかるだろ!」

「金髪紅眼色白爆乳爆尻! 金髪紅眼色白爆乳爆尻! 金髪紅眼色白爆乳爆尻! 金髪紅眼色白爆乳爆尻! 金髪紅眼色白爆乳爆尻! 金髪紅眼色白爆乳爆尻! 金髪紅眼色白爆乳爆尻! 金髪紅眼色白爆乳爆尻! 金髪紅眼色白爆乳爆尻! 金髪紅眼色白爆乳爆尻! 絶対パイパ〇マ〇コ!」



 人間の醜さに限界はないのだと見下げ果てながら、俺は彼女に視線を戻した。

 白銀の剣を手に戦う彼女に鑑定魔法を使った。

 彼女の名前はティアナ。

 このダンジョンのボスであり、種族はヴァンパイア。

 レベルは連中よりもずいぶん上だけど、事前情報通り、光属性に極端に弱い性質がある。

 今日、俺らは全員光属性の武具を装備しているし、攻撃魔法も光属性で統一している。


 そのせいだろう。

 30人がかりとはいえ、遥かに格上のはずのティアナは防戦一方だった。


 無垢な純白のドレスは黒く焦げ、破れ、擦り切れて、彼女の痛みを物語る。


 この世界の基準に照らし合わせれば、彼女は人型モンスター。

 ましてダンジョンが生み出した疑似生命体だ。

 外見由来の感情移入は禁物だ。


 かといって元クラスメイトたちに加担する気も起きない。

 俺はこれから、連中とは無縁の一生を過ごすんだ。

 ここは成り行きを見守ろう。

 そう思った矢先、床に叩きつけられたティアナは素早く跳ね起き、追撃を避けた。


 死に物狂いの中にも優雅さを感じさせる動きで摘した彼女は、折れかけたヒザを力強く伸ばして両目を開いた。


「くっ……ッッ! 負けぬ。コナタは光には屈さぬ……ッッ。さぁ、命をかけて来るがいい人間たちよ! だがこの体、ただで辱められるほど安くはないぞ!」


 最後の一言で、あの部屋を思い出した。


 今の言葉は、テーブルに置かれた読みかけの本のセリフだ。

 あの部屋に住んでいるのは、彼女なのだ。


 ろうそくの明かりだけが頼りもうす暗い部屋の中、紅茶を飲みながら本を読みふける彼女を思い浮かべて、自分を恥じた。


 痛くて怖くて、折れかけた心と膝を立たせ、膝が震えないよう力んで抑え込んでいる彼女が疑似生命体の化物なわけがない。


 俺がそう悟った次の瞬間、元クラスメイト達が同時に叫んだ。


「光魔法! レイレイン!」

「光魔法! ヒートフラッシュ!」

「光魔法! ライトストライク!」

「奥義! ライトエッジ!」

「秘剣! フラッシュブレイド!」


 包囲しての一斉光魔法による飽和攻撃。

 それはきっと、彼女に致命的なダメージを与えるだろう。

 彼女の表情が苦し気な闘志が、連中の顔に勝利の笑みが浮かんだ時、俺は反射的に魔法を使っていた。


 殺意の光が放たれた直後、ティアナの体をシャボン玉のような膜が覆った。

 俺の魔法反射結界は光魔法をことごとく反射させて、自身や仲間の生徒に襲いかかった。


『ぎゃあああああああああああああああ!?』


 自分たちの閃光や熱線に焼かれ、裂かれ、謁見の間は床をのたうちまわる生徒たちの悲鳴で満たされた。

 ティアナはわけがわからないと言った様子で戸惑い、剣を構えたままシャボン色の中で視線を彷徨わせた。


「ぎゃああああああああ! 熱いぃいいいいい! 痛いぃいいいいい!」

「くそぉ! ボスが魔法反射を使うなんて聞いてねぇぞぉおお!」

「いや、今のはコナタでは……」

「そうだ。今のは彼女じゃない。俺の魔法だよ」


 俺は部屋の隅の出入り口からを一歩を踏み出すと、覚悟を決めて姿を晒した。

 五体満足な姿でゆったりと歩く俺の眼にするや否や、連中は顔色を変えた。


「て、てめぇ北見! なんで!?」

「そうだ! お前はモンスターのエサになったはずだろ!?」

「なんでこんなところに!?」

「ていうか待ちなさいよ北見! あんたの魔法ってどういうことよ!?」

「そうよ! あんたは何もできない無能のくせに!」


 女子たちがヒステリックに声を張り上げると、俺は冷たく突き放すように口を開いた。


「嘘だよ。本当は使えるんだ。それもお前ら以上にな」


 その一言が逆鱗に触れたのか、仲間内では一番魔法の素質があった男子が顔の火傷を手で押えながら立ち上がった。


「北見のくせに賢者ジョブと無詠唱スキルを持つ僕よりも魔法を使えるだって! 嘘をつくな!」


 言葉通り、詠唱無しに突き出した手から紅蓮の業火を放ってきた。

 対する俺も、無詠唱で風を起こしてやった。


 烈風と言うのも生易しい空気の激流が謁見の間を駆け抜け、壁に当たって行き場を失いながら荒れ狂う。


 賢者様の炎は一瞬で押し戻されて、連中を焼き払った。

 炎に巻かれながら台風の日の木の葉のように吹き飛ばされた連中は、壁面に激突して血を吐きながら床に頭から落ちた。


「う、嘘よ! あんたは魔法を使えないクズのはずでしょ!」

「お前頭悪いな。こうして使っているだろ。現実見ろよ」

「うっさい!」


 女子の一人を皮切りに三人の弓使いが俺に向けて矢を番えた。

 けれど、俺目掛けて放たれた3本の矢は30本に分裂して弾幕を張った直後、重力魔法で落下して床に突き刺さった。


「そんな!? あたしたちの矢が!?」


 あんぐりと口を開けて驚愕している間に、俺は重力魔法で矢に横向きの超重力をかけた。


 30本の矢は重たい先端を反転させてから、床の上を弾丸のように加速、疾駆していく。

 矢は三人の靴をつま先からカカトまで一息に貫通して、靴が赤く染まった。


「「「ぎぃぁあああああああああああああああああああああ!」」」


 女子とは思えない濁った悲鳴を上げながら、三人は床に転がった。

 他の矢は、さっき吹き飛ばされて床に転がる連中の腹や胸、足や股間、顔面に突き刺さった。


「ぎゅぎぃいいいいいいいいいいいいい!!!」

「ちっ、てめぇ、こんなことしてただで済むと思ってんのかこの裏切り者!」


 そう言ってオラついてきたのは、ボクシング部の男子だった。


「それはこっちのセリフだ。お前らこそ、さっきは良くも俺を囮にしてくれたな?」

「あれはみんなが助かるための尊い犠牲だろうが! でもテメェはなんだ! せっかくボスを追い詰めたのに最低だな! 小汚い復讐心と自己満足のために仲間を犠牲にする奴を俺は許さねぇ!」


 とんだ特大ブーメランをブン投げてくるボクシング部に、俺は吐き捨てるように言った。


「笑いながら俺を捨てた奴の口から尊いなんて言葉が出てくるとは思わなかったよ。それに、俺にレイプ魔の仲間はいねぇよ」

「んだとっ! てめぇ、日本じゃ散々サンドバッグにしてやったのにまだ力関係がわかってねぇらしいな。てめぇはオレには勝てないってことをわからせてやる。そんで、またサンドバッグとして使ってやるよ! 女子の前でフルチンでなぁ!」


 この世界に来て手に入れた拳闘士ジョブの力で猛然と距離を詰めながら、硬く握った拳を振り上げてきた。

 その動きに合わせて俺は麻痺魔法を展開。

 俺との距離を3メートルにまで詰めたところでもんどりうって転倒。

 床に顔をこすりながら俺の前にひざまずく形になった。


「ぐが、が、からだが……うごか、な……ぐっ!」


 追い打ちの毒魔法をかけてやると、俺の足元で悶絶しながら何も喋らなくなった。


 重度のインフルエンザよろしく、高熱と頭痛と関節の痛み、倦怠感と吐き気に襲われているのがはた目にもわかる。


「北見ぃいいいいいい!」


 汚い声で怒鳴ってきたのは、俺の眼の前でドアを閉めたクラスのリーダー格、足立宮だった。


「テメェ、オレの奴隷のくせによくもたてついてくれたなぁおい!」

「奴隷? 今の日本に奴隷階級なんて存在しないぞ?」

「バーカ! 事実上のって奴だよテメェ頭馬鹿なんじゃねぇのか!? クズクズクーズ!」

「実質的な奴隷ってそれ犯罪だろ。お前法律知らないのか?」

「調子こいてんじゃねぇぞ低脳が! 殺されてぇのか!?」

「お前も殺されたくなかったらさっさと逃げろよ。俺からな」


 その一言が効いたらしい。

 足立宮はヒステリックに剣を振り上げながら走って来た。


「喰らえよボケが! 秘剣! グレーター――」


 俺は土系魔法を発動。

 大理石の床から硬い巌の壁が超高速で飛び出し、足立宮の股間を叩き上げた。


「■■ッッ――」


 足立宮は言葉を失い筆舌尽くしがたい表情で奇声を漏らしながら床に転がった。

 両手で赤く染まった股間を抑えながら腰を震わせ、白目を剥いたまま立ち上がらない。


 その姿に、俺は何も感じなかった。


 復讐を果たしてスッキリとか、達成感とか、そういうものがあるかと思ったけれど、そんなことはなかった。


 あえて言うなら、あるのは同情だ。


「惨めだな」

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