第7話 このボスかわいいなおい

 後でシラフになったら、なんて恥ずかしいことを言っているんだと後悔するんだろうけど、今はこうしたかった。

 むしろ今、彼女を誘わなかったら、もっと後悔する気さえした。


「……何故、コナタに優しくするんだ?」


 毅然とした表情のようでいて、瞳の奥には隠して切れない脆さと怯えが映っていた。

 俺だって、ある日突然優しくしてくる人がいたら全力で警戒するだろう。


「助けたくなったから……で駄目だったら、俺が異世界人だからかな」


 感情論と言うよりも、理詰めに近い口調で、俺は淡々と説明した。


「俺のいた世界にはヴァンパイアもモンスターもいない。だからティアナがヴァンパイアでモンスターで化物って感覚がない。人間と同じ姿で考えて喋って涙を流すティアナは、俺にとってただの綺麗な女の子だ」


 絶世の美貌が少女らしくぽっと赤くそまった。


「……。だが、貴君の同郷はコナタを攻撃したぞ? それに、男共は――」

「あいつらはゲスなだけだ。ヴァンパイアじゃなくて金になるなら誰でも殺すぞあいつら絶対に」


 男子たちがティアナをどういう目で見ていたかを思い出して、俺は彼女の言葉を遮るようにまくしたてた。


「あとはそうだな。ティアナ超強いだろうし綺麗だし、旅の仲間としてはかなりクオリティ高いからって言うのがあるかな。ティアナだって、光属性耐性のバフ魔法が使えて指輪の予備を作れる俺が一緒にいたら便利だろ?」


 俺はさっき作った指輪をかざした。


「これはお前に。もしも効果が弱くなったり壊れた時の為に、後で同じ効果のアクセサリーも作っておくよ」


 言いながら、彼女の左手を手にしてから俺は止まった。

 指輪と言えばで、自然と左手の薬指にはめようとしていた。


 それは結婚指輪だ。

 すぐに俺は右手の薬指にしようとするも、ティアナに止められた。


「待て、コナタは右利きだから左手にしてくれ」

「えっ? お、おう……」


 謎の後ろめたさと緊張を味わいながら、せめて他の指にはまらないかと思案した。


 小指と親指は論外。

 中指にはめようとして、小さかった。

 人差し指にハメようとして、ちょっと小さい。

 そうなると、指輪のサイズが合うのは何の因果か運命か、薬指だけだった。


 指輪をゆっくりと薬指に通して、第二関節まで通したところで俺の動きは止まってしまう。


 指輪を薬指にハメた途端、彼女の大切な何かを汚してしまいそうな気がして怖かった。


 すると、俺の硬直を見て彼女はよくない誤解をしたらしい。

 達観したように声のトーンを落とした。


「もうよい。このように貴重なものをコナタに渡したくはないのだろう?」

「え?」


「それに、コナタに光が効かないとなればまさに天下無双。貴君は自ら最強の化物を生み出すことになる。だが気にするな。一時の感情や己の浅い考えに気づき引き返したからと言って恨みはせんよ。むしろコナタの魔法のおかげで一目とはいえ、日の光を拝めたのだ。コナタにとってはまさに行幸と言える」


 最悪の勘違いをしながら再び空を見上げた彼女の憂い顔に、俺は慌てて弁明した。


「ちち、違うんだティアナ。そう言うんじゃなくて! えっとその!」


 元から口が立つほうではないのに、焦りがさらに俺から貴重な語彙を奪っていく。


「無理をするな。やはりコナタはダンジョンボス。貴君が恐れるのは自然なことだ」

「結婚なんだ!」


 ようやく絞り出した答えがそれだった。


「は?」


 まばたきをするティアナに、俺は考えもまとまらないままとにかく喋る。


「俺の国じゃ左手の薬指に指輪をするのは結婚式とかかプロポーズの時にすることで結婚の証でだからお前の初めての婚約を俺が奪うのはよくないっていうかお前に悪い気がしてっていうそういうあれなんだ!」

「~~~~ッッ!?」


 ティアナの顔がみるみると耳まで赤く染まっていく。

 まとまりのかけらもない俺の説明を、一応は理解してくれたらしい。


「だからちょっと待ってくれ、すぐに違う指に合うよう作り直すから!」

「構わん」


 やや強めの語気で、ティアナはぐいっと左手を突き出してきた。

 顔が赤いせいで、ちょっと怒っているようにも見える。


「それは貴君の国の風習であろう? コナタには関係ない。いいからさっさとはめるがよい」

「え!? お、おぉう」


 今度は俺の方がはるかにためらいがちに、おそるおそると指輪をはめていく。


 銀の指輪が彼女の薬指の付け根に触れた瞬間、俺の中には言いようのない達成感とやってしまった感がないまぜになってしまう。


 ちなみにティアナはと言えば、彼女は彼女で嬉しさを噛み殺すような複雑な表情をしていた。


 第一印象が気品と気丈さに溢れた騎士だっただけに、いい意味で印象を裏切られた気分だ。

 きっと、太陽が平気になったのがよほど嬉しいんだろう。


「それでどうする? 俺と一緒に行くか? もちろん、ついてこないなら指輪を返してくれなんて言わない」

「…………」


 ティアナはやや冷静な表情になってから、自身のダンジョンを振り返った。


 山肌に空いた石垣づくりの入り口。


 よく考えれば、彼女がこうして自身のダンジョンを外側から目にするのは初めてだろう。


 彼女はさっき以上に熟考を重ねているように見えた。


 すぐに決断できなくて当然だ。

 人は変化を恐れる。


 500年間、外に憧れ続けると同時に、500年間住み続けたダンジョンは故郷であり愛着のある住み慣れた我が家だ。


 俺も小学生の頃、一度アパートから引っ越した時は一抹の寂しさがあった。

 まして、500年も住んでいれば、半身も同然だろう。


「無理はしなくていいぞ。ここはお前のふるさとなんだから」

「いや」


 首を軽く横に振って、彼女は微笑を浮かべた。


「ダンジョンは滅びない。外に飽きたら、またいつでも帰れる。それよりも、今はせっかくこうして日の光と仲間を得られたのだ」


 俺の手を握る指に力を込めて、彼女は一歩距離を詰めてきた。


「行こう。そして共に、この世界を見て回ろう」


 花がほころぶように落ち着いた柔和な笑みに、俺は自分の胸が高鳴るのを感じた。


 俺は彼女のことを一割も知らない。

 でも確実に、俺は彼女に恋をしていた。

 彼女を、幸せにしてあげたいと、思っていた。


 この異世界に来て、クラスメイトたちに裏切られて、人生に意味も夢もなくて、魔王もクラスメイトも忘れて、どこかで一人で静かに暮らそうと思っていた。


 でも今は、彼女のために生きてみようと思っていた。


「じゃあ、行こうかティアナ」

「ああ、北見京谷」


 こうして俺らは互いの手を取り合い、ダンジョンに背を向けて山を下り始めた。

 そこで背後から重低音の轟音がした。

 振り返れば、岩の門がせり上がり、ダンジョンの入り口が塞がっていく。


「な、なんだあれ!? おいティアナ!」


 彼女は視線を宙に走らせていた。

 きっと、彼女にだけ見えるとウィンドウを目にしたのだろう。


「……ダンジョンボス不在のため、セキュリティレベルが上がりました……OFFにする場合はこちらから設定してください……また、帰還の際はこちらをご利用下さい……すまん、北見京谷、ちょっと」


 俺の手をぎゅっと握ったまま、彼女は虚空を指でタップした。

 すると、視界が暗転してから回復するとダンジョンの中にいた。

 ティアナと出会った、あの謁見の間だ。


「……え?」


 もう一度、ティアナが虚空をタップした。

 すると、またダンジョンの外へ戻った。


「…………」

「…………あの、ティアナさん……これってもしかしてポート機能」

「らしい……」


 ティアナは片手で表情を隠しながら、俺から顔を背けた。


 わかる。


 彼女としては、さらば故郷よまたいつか戻る日まで、ぐらいの気持ちで俺との旅を決断してくれたのだろう。


 なのに、まさかいつでも帰れてしまうとは。


 そしてこの機能を500年も知らなかったのが恥ずかしくて仕方なかったのだろう。


「いやでもティアナ、覚醒した時に知らなかったってことはこれはお前が外に出てから初めて解放される機能なんだろうし今までお前が知らなくてもそれは当然のことだろ? だからそんな気にしなくてもいいんじゃないか?」

「すまん北見京谷、五分だけそっとしておいてくれ」


 ティアナはその場にしゃがみこんだ。


「ていうか一度部屋に戻って着替えたほうがいいと思うし俺はしばらく席を外すよ。一時間後に戻ってきてくれ!」


「気遣うでない!」


 顔を上げた彼女の目には別の涙が溜まっていた。

 だけど、元気な声がちょっとだけ嬉しかった。


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人気が出たら本格連載したいです。

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外れスキル【読書】と外れジョブ【ナイフ使い】で無限レベルアップ! ダンジョンの負けボスとハーレムスローライフしてたら、一緒に転生した歴代クラスメイトが土下座で泣き付いて来るけど追放されたから知らない! 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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