第6話 吸血鬼に光耐性をつけてみました

 想像して、俺はらしくない余計なお世話を焼いてしまう。


「もしも、人も光も平気なら、外を見てみたいと思うか?」


 その一言に、ティアナの表情がわずかに硬くなった。

 それから、彼女は自嘲気味に薄く笑った。


「実を言うとな、一度目にしたことがある……覚醒した最初の10年だったか。絵物語の光景に誘われてダンジョンの出入口まで足を運んだ。日に照らされた草木が綺麗だったのを覚えている」

「それで、外に出たのか?」


 彼女は目を閉じて、静かに首を横に振った。


「いや、伸ばした手に火の光が当たった途端に肌が燃え上がってな。ダンジョンの奥に逃げ込んだ。その日の夜に軍隊が送り込まれてきて、コナタにとって外は外敵がやってくる危険な場所となった」


 考えてもみれば、ダンジョンの入り口はドアもなく常に開いている。


 治安の悪い場所で玄関のドアを開けたままと考えると、彼女は心休まる日が無かったろう。


 同情の念はますます膨らんで、ほうっておけなくなる。


 初対面の子なのに、助けてあげたい気分になる。


 何もしていないのに、日々外から自分の命を狙う人間たちがひっきりなしに訪れる日常の苦しみは、俺の比ではないだろう。


 ティアナに比べれば俺なんてなんてことはない。

 足の小指をぶつけただけで最悪とかネットで呟く女子も同じだ。

 むしろ、地元が地獄とか言っていたさっきまでの自分が恥ずかしくなってきた。


「なら、太陽が平気になったら、外に出てみるか? ティアナの外見は人間と同じだし、日の下にいたら誰もダンジョンボスだなんて思わないと思うんだけど? そしたら襲われないだろ?」

「やめろ」


 僅かに冷たい語気で、ティアナは突き放すように呟いた。


「叶わない夢なら最初から見なければ苦しまない。絶対にあり得ない妄想は虚しいだけだ。100年も生きられない人間が安全圏から無責任なことを語るな」


 きっと、彼女は日の下を歩く自分を幾度も妄想したのだろう。

 この500年間、何度も、何度も。


 だけどそれが絶対に叶わないと悟って、いつしか妄想すらしなくなる。

 妄想すら楽しめなくなってッしまった。


 人間の俺には理解できないが、500年という歳月は、それほどに重たく険しいものなのだろう。


 でも、だからこそ俺は彼女を救いたくなった。

 500年という牢獄から解き放ってあげた彼女が喜ぶ姿を目にしたくて、俺は回復魔法を別の魔法にシフトした。


「さて、もう傷も体力も癒えた。貴君は見逃してやろう。早く帰るがいい。そして二度とこのダンジョンには近づくな……」


 彼女は怪訝そうに眉間にしわを寄せて、自身の体を見下ろした。


「? 回復魔法ではないな? 貴君、コナタに何をした?」

「バフをかけた。今のは光属性耐性だな。これで光属性の攻撃魔法の威力は軽減される。太陽の光程度ならノーダメージだ」

「ッ、バカを言うでない。コナタの脆弱さは貴君も知っておろう? あのような雑魚共が相手でも、光属性というだけで致命傷になるのだぞ?」


 僅かに苛立った彼女を無視して、俺は目の前で最下級の光魔法を使った。

 俺の右手から放たれた閃光はティアナの腕を捉え、彼女は脊髄反射で背後に退いた。


「貴様何を!? ? 焼けていない、だと……?」


 信じられないとばかりに、彼女は両目を見開いて自身の腕を瞠目した。

 その表情を引き出せたことに、俺はニヤリと笑った。


「そんで、と」


 ストレージの中から魔法金属を含むいくつかの素材を選び、俺は錬成魔法でマジックアイテムを錬成していく。

 俺の右手の平に現れた銀の指輪が白い光を帯びながらスパーク。

 光耐性のバフを凝縮していく。


「……よしっ。完成。ほら、光属性耐性の指輪だ。これで太陽は平気だぞ?」

「……ッッ!?」


 ティアナは顔を上げて固まった。


「そんな、まさか……だが、いやあり得る。火炎耐性のバフがかかっていれば自然の炎も効かぬ。なら、光耐性のバフをかければ日の光も効かないのか?」

「論より証拠。外に出てみようぜ」

「あ」


 俺が彼女に背を向けて部屋の出口へ向かうと、少しの間の後にためらいがちな足音が付いてきた。

 その足音がなんだか可愛くて、俺は口元がゆるんだ。



 朝にダンジョンに潜ったため、今はまだ昼過ぎだった。

 ダンジョンの出口に切り取られた外は光に溢れ、山道と周辺の草木を明るく照らし出している。


「曇っていなくてよかったよ。じゃあティアナ、試しに……ティアナ?」


 背後の足音が途切れた。

 振り返ると、数メートル先でティアナが不安げな、むしろ、はかなげな表情で佇んでいた。

 両手の指をからめ、視線を伏せたためらいがちな様子は、強く気高い騎士のイメージの彼女とは違い、なんだか可愛かった。


「不安、だよな?」


 500年間、彼女は日の光から逃げ続けた。

 彼女にとって日の光の危険性は、万物が下へ落ちる重力と同列だ。


 見えない足場があるから崖に足を踏み出せ、と言われても、動ける人はごく一部だろう。

 だから俺は、ストレージから赤いケープを取り出し彼女に被せた。


「ほら、行こうぜ」


 優しく彼女の手を取り、彼女の気持ちを後押しするように外へ向かう。


 するとティアナはかたくななだった心が溶けていくようにゆっくりと、俺に合わせて足を運んでくれた。


 一歩ずつ近づいてくる外に、俺の手を握る彼女の手が硬くなる。

 でも、俺が日の光に包まれて周囲を外に満たされると同時に、彼女の手から力が抜けた。


 踵を返せば、彼女の目は丸く大きく輝いていた。

 幼い子供が生まれて初めて海を目にして感動するような表情の魅力は底無しで、俺も別の感動を味わってしまう。


 童話の赤ずきんのように赤いケープをかぶったまま、彼女はゆっくりと視線を持ち上げていく。


 そうして彼女の視線が青い空を映す直前、俺は赤いケープをめくり取った。

 それでも彼女は抵抗しなかった。


 彼女は俺の琴なんて見えていないように、青い空へ吸い込まれそうな表情のまま、目の端に宝石のような雫を溜めていく。


 ボロボロに引き裂けたドレス姿であるが故に脚に、お腹に、肩に、腕に、そして全身に日の光を浴びながら、彼女の目から涙が零れ落ちた。


「あたたかいな……」


 幸せをかみしめるようにつぶやいた言葉には、きっと俺なんかではわからないほどの万感の想いがこもっているのだろう。


 だけど、ひとつだけわかることがある。

 青い空とあたたかな太陽を見上げ涙を流す彼女が邪悪なモンスターであるわけがない。


 まして、人間が己のエゴで討伐していい存在なんかじゃない。

 だから俺は、それこそらしくない、まったく俺らしくない言葉を口にした。


「俺と一緒に行かないか?」

「ッ、なにを、言っている……」


 頬を赤らめ戸惑う彼女に、俺は穏やかな気持ちで続けた。


「さっきの見ただろ。俺は異世界転移者で故郷には帰れない。同郷の連中からは捨てられたし、戻る気はない。俺はこれから一人でどこか静かに暮らせる場所を探すつもりだった。でも今は、お前のことが気にかかる。お前をほうっておけない気持ちになっているんだ」


 こんなこと、いつもの俺なら絶対に言わない。


 でも異世界に来て、クラスメイトたちから捨てられた直後に自分より可哀想な女

の子に出会って、虚しさと同情がないまぜになって、おかしな気持ちになっている。


 後でシラフになったら、なんて恥ずかしいことを言っているんだと後悔するんだろうけど、今はこうしたかった。


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