第5話 ブザマな命乞い


「これで俺の話を聞けるようになったか?」


 その一言を皮切りに、連中は泣き叫び出した。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「調子こいてました許してください!」

「オレは悪くないんです! 全部足立宮と岡野島の命令で!」

「そうなんですあたしらはこういうのやめようって言ったんです!」

「ふざけんじゃないわよ! あんたらだってノリノリだったじゃない!」


 口々に命乞いや責任のなすりつけ合いをする連中に鬱陶しくて、俺は両腕に紫電の雷光をまとった。


 網膜を焼く雷光と耳をつんざく雷鳴。


 視覚的にも聴覚的にもわかりやすい威嚇に、誰もが口を閉ざして全身を緊張させた。

 それから、俺は生まれた初めて、声にドスを利かせた。


「俺の前から消えろ。そして二度と姿を見せるな」


 両手から雷光が放たれると、絶叫が辺りを満たした。


 30人のクラスメイト達は焦げた足を引きずりながら凍り付いた体で匍匐前進ほふくぜんしんをしながら泣き叫び、死に物狂いで逃げて行った。


 その光景にも、やっぱり俺は何も感じなかった。


 マンガではよく復讐は何も生まないとか言うけれど、違う意味でその通りだと思った。


 これで、今後、俺はあいつらに煩わされることはなくなった。

 けれど、俺が失った12年間は戻ってこない。


 辛くて苦しい想いは消えない。

 歪んだ心は戻らない。

 あいつらと過ごした12年間の間に、俺はいわゆる人間嫌いになっていた。

 少なくとも、大好きな仲間たちと楽しくわいわい騒ぎたいなんて一生思わないだろう。


 他人は煩わしい。

 他人の感情は鬱陶しい。

 他人を気にかけるのは面倒くさい。


 誰ともかかわらず、誰にも気遣わず、誰かも攻撃されない環境で、一人で静かに暮らしたい。


 それが俺の願いだった。


 ちなみに、俺が放った雷光は攻撃魔法じゃない。

 魔力を俺に献上するという一種の呪いだ。


 しばらくの間は、俺が魔力を使った分だけあいつらから供給される。


 千の魔法を使いこなす俺だけど、まだまあレベルが足りない。


 魔力もエーテルも有限だ。

 ゲームにたとえると、中盤のレベルで最強魔法を覚えているようなものだ。

 そりゃあMPも底を尽く。


「貴君は……何者だ……」

「?」


 と、ここまで置いてけぼりだった彼女の存在を思い出した。


 このダンジョンのボスであり、ヴァンパイアの少女、ティアナ。


 あらためて目にすると、やっぱり凄い美少女だった。


 ヘアセットどころか戦いで髪はほつれている。

 メイクどころか顔は煤で汚れている。

 装飾品や煌びやかな衣装どころか白いドレスはボロ布同然だ。


 なのに、それでもなお彼女の美しさは無類だった。

 元素の結晶体である宝石が泥にまみれてもその輝きを失わないように、彼女もまた、美の結晶体なのだろう。


 まさに、真正の美少女と呼んで然るべき存在だ。


「俺は北見京谷きたみきょうや。地球っていう異世界から神の力で運ばれてきた転生者って言ったらわかるか?」


「転生者……さっきの連中もか?」

「ああ。認めたくないけど同郷だ」


「なるほど。同じような黒髪黒目の人間ばかりが30人も来るのは初めてだから、妙だとは思った」


「こっちの世界の人間は髪の毛カラフルだからな。けど、俺の地元じゃ人口の九割以上が黒髪黒目だ。じゃあ今度はこっちが質問だ。お前を回復する間、聞かせてくれ。お前のことをさ」


 俺が両手に回復魔法を光を集めると、ティアナは視線を伏せ、黙考した。

 そうして熟考を重ねるように長い間の後に、顔を上げて頷いてくれた。


「良いぞ。コナタのことを語ろう」

「ありがとうな」


 立っているのも辛そうなので、まずはスカート越しに脚に触れた。



 ティアナの話では、物心ついたのはこのダンジョンのベッドらしい。


 気が付けばダンジョン内部と自身の知識を持った状態で意識が覚醒して、以来数百年間、このダンジョンに一人でいるらしい。


「ダンジョンってなんなんだ? いつ誰が何の目的で作ったんだ?」

「それはコナタにもわからん。コナタが知っているのはこのダンジョンの構造と操作の仕方だけだ。トラップやモンスターの製造、ドアの開閉などだな」


 彼女は淡白な口調で淡々と説明をしてくれた。


「日がな一日、書を読み過ごし、紅茶と食事で飢えと渇きを満たす。宝箱のアイテムと同じで、生活用品は定期的に生み出せるのでな。生活には不自由しておらんよ。そして外から侵入者が現れれば排除する。それを500年繰り返した」


 ――500年。


 なんでもないように言うものの、その言葉は俺の胸に深く突き刺さった。

 それがどれほどの孤独か、俺には想像もできない。


 思い過ごしてあってくれと願うように、俺は彼女に尋ねていた。


「普段、モンスターと話したりしないのか?」

「せぬな。あれはコナタを攻撃しないというだけで懐いているわけではないし言葉も通じぬ。我を除き、ダンジョン内のモンスターに意思はないのやもしれん」


 まるで、自分もモンスターであるかのように語るティアナに、不満を覚えた。

 彼女はどこからどう見ても人間そのもので、こうして考えて会話ができる。


 なら、彼女は人間ではないのか?

 それが、俺の正直な気持ちだった。


「外には出ようと思わなかったのか?」

「フッ、忘れたか? コナタはヴァンパイア。日の光を浴びれば灰になる体だ。コナタを化物と蔑み討伐に来る人間たちと死の光に溢れた外に出ようとは思わぬよ」


 その言葉がまた、俺の心に刺さった。


 俺も同じだ。

 俺も、外が嫌いだ。

 俺の地元は地獄のような場所だった。


 みんなが見えないカーストを作り、常に自分よりも格下の存在を求めていた。


 俺は他人が嫌いだった。

 他人は俺を踏みにじる存在だった。


 家の中にいれば踏みにじられることはなかった。

 家の中にいれば傷つかずに済んだ。

 でもそれは家の中が好きなわけではない。

 ただの逃げだった。


「…………」


 ティアナが読みかけだった、そしてこの500年の間に何度も読み直したであろう本は騎士物語だった。


 勇敢な騎士が諸国を旅し、悪を挫く勧善懲悪の物語だった。

 海も空も山も川も森も知らないまま物語を読む彼女は、どんな思いだったのだろうか。


 想像して、俺はらしくない余計なお世話を焼いてし

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