ママにもください

三咲みき

ママにもください

 あともう少しで時計の針が12時をさす。私はすっと腰を上げ、本棚の上に置いてある、平べったいアルミ缶を取り出した。


 大きい音が鳴らないように、そっと開けた。


 そこにはおよそ20年分の「サンタさんへの手紙」が入っていた。きれいな便箋で書かれたもの、折り紙の裏に書かれたもの、画用紙に書かれたもの。どれもかけがえのない、私の宝物だ。


 そのうち、一番下にある手紙を取り出した。この手紙が最初だった。これは美緒が5歳の頃の手紙。まだひらがなを覚えたてで、不揃いな字が並んでいる。


『サンタさんへ

ミカちゃんの、ぴくにっく、おようふくせっとをください』


 ミカちゃんのピクニックお洋服セット。ミカちゃんというのは、昔、美緒が遊んでいた着せ替え人形のこと。ピクニックお洋服セットは、当時おもちゃ屋さんに行くたびに、美緒が手に取って眺めていた。見るだけで、決して強請ってはこなかった。子どもながらに、欲しいものを強請ってはいけない空気を察していたんだろう。

 その着せ替え人形の服は、スカートや装飾のあしらいが凝っていて、少々値がはった。母子家庭の我が家にとって、気軽に買ってあげられるほど、私の収入は良くなかった。


 でもクリスマスくらいは、あの子に好きなものを買ってあげたかった。


 サンタさんへのお手紙はまだ続いていた。


『ママには、くつしたをください』


 その一言を見たとき、自然と涙が込み上げていた。美緒はこんなに優しい子どもに育ってくれていた。自分のことだけではなく、人の幸せも考えられる子に育ってくれていた。そのことが、すごく嬉しかった。


 それから毎年、サンタさんへのお手紙には、私の分のプレゼントも書かれるようになった。


『美緒がサンタさんにお願いしてくれたから、ママにもプレゼントが届いたよ』

 朝になって美緒にそう伝えると、自分のプレゼントを目にしたときよりも、輝かしい笑顔で喜んでくれた。


 サンタの正体が母親だと気づいてからは、宛名は『お母さんへ』になり、ちょっとしたプレゼントが置かれるようになった。


 私と美緒のクリスマスプレゼント交換。面と向かって渡すのではなく、そっと枕元に置いておくからこそ、特別に感じる。


 時計の針が12時をさした。


 もう美緒は寝ただろうか。


 プレゼントを置きに行くべく、そっと立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ママにもください 三咲みき @misakimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ