いただきますの行方

 換気扇の回る低い音が静かに響いているダイニングキッチン。マグカップにコーヒーを入れてひと口飲み、がさごそと買い物袋から気まぐれで買ったインテリア雑誌を取り出す。それらを持って、ペタペタとスリッパの音を立てながら椅子に座った。


 火にかけている鍋を気にしつつ、のんびり雑誌のページをめくっていると、横に置いていたスマホが鳴った。見ると、“美咲”と表示されている。


「もしもし?うん。うん。そうなの?私は大丈夫よ。一時間くらい、そこら辺ぶらぶらしてるわ。そんなに変わってないでしょ?…うそ、あの店無くなったの?残念」


 立ち上がってコンロに向かい、鍋の蓋を開けて中の様子をうかがう。


「そう。同い年。いやいや、うちはほら、私がこうだから必要に迫られたってのもあるんじゃない?反面教師ってやつ?」


 お玉で灰汁あくを適当に取って、多少残っていても気づかない振りで混ぜて闇へと葬る。


「そりゃできたほうがいいでしょ。『やらない』と『できない』は違うし。私だって好きでできないわけじゃないんだからね、言っとくけど」


 肩と耳でスマホを挟み、箱を開け、適当なサイズに割りながら、ぼとんぼとんと鍋に入れていく。


 あ。『火を止めてから』だったっけ。ま、いっか。わからん、わからん。


「まあねえ。昔よりは、できるようにはなったけどさ。やっぱり苦手だわぁっつっっ」


 あっつー。お湯跳ねた。水、水。


「ごめん、ごめん。大丈夫。ルー入れてたんだけどさ」


 手の甲ちょっと赤くなってるけど、セーフ。


「そうそう、困ったときの“カレー”。…え?“チーズ”も?あぁ、あんた嫌いだもんね、チーズ。たしか、『なんでもチーズ使やいいと思いやがって』だっけ?あはは」


 ぐるぐるぐるぐる。魔女にでもなったかのように鍋を混ぜる。


 ご飯は?よし、あと一分で炊きあがり。そろそろあの子たちがやって来る時間。


「何年振りかしらねえ~。そんな経つ?…そっかぁ」


 壁のボードに所狭しと貼られた写真たち。そこには、しわの増えた私と、私によく似ているあの子と………。


「うん。来週ね。ふふ、久し振りに会えるの楽しみにしてるわ」


 車の停まる音が聞こえて、窓からのぞく。私に気づいた小さな手が振られる。


「じゃあね」




 ちょうどできたところ。そこそこおいしいはずのカレー。


 けっきょく大して上達しなかった料理だけど、それでもまぁ、なんとかなった。


 息子も大きくなって、私とは正反対で料理が好きで、五年前に店を開いた。そしてそこでバイトだった優しいお嬢さんと結婚。かわいい孫までできた。


 にゃあ。


 お皿を三枚、水色のキャラクターが描かれたお椀も添えてテーブルに並べる。


「はいはい、わかってるわよ~」


 足元でまとわりつく二匹の猫のご飯も用意して――――


 さて、みんなで食べましょうか。






 ****************** 


 ありがとうございました。



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カレーができるまで 千千 @rinosensqou

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