五番街の彼へ

 仕事の帰り、駅前のスーパーに寄って帰る日々。今日はちょっと挑戦。


 わたくし、カレーを作ってみようかと思っておりますの。おほほ。


 つっても本当にちょこっとよ、ちょこっと。すでに皮を剝いて切ってある真空パックの具材を使うしね。いまはなんて便利な世の中なんでしょ。で、それを鍋に入れて水入れて煮てルー入れて、完成。包丁使わないし、なんとか私でもできるはず。




「はぁ。はぁ」


 使用中止のエレベーターの横の扉を開けた先にある階段を上っていく。


「はぁ」


 毎回四、五階辺りで息が切れるので、ひと休み。そこで見える街の灯りに目をる。十階からのとは少し違う夕焼け。


「はー…」


 少し風が吹いて、額に浮かんだ汗を乾かしてゆく。


「どうしようかなー………」


 つい、つぶやいてしまった。


「……………………」


 カバンからスマホを取り出し、一瞬悩んで息を吐き、電話をかける。


「………何か用か?」


 呼び出し音がしばらく鳴ったあと、思い切り機嫌の悪いあいつの声がした。


「あのさ――――」

「もう別れたんだから連絡してくんなよ。迷惑だ」

「ちょ――――」


 何も言わさずガチャ切りしやがった。


 別れ話だって、そうだ。

 それだけじゃない。

 いつも、そうだ。いつもいつも。

 いつも思い込んだら人の話を聞きやしない。便座もそう!

 一方的に告げて、あっという間に出ていった。返事なんてしていない。する間さえ無かった。……まぁ、そろそろ言ってくるだろうとは、思っていたけど。


 あんただけじゃない。私だって。私こそ、もう無理なんだから。あのセリフは、私に言わせろっての。くっそー。


 浮気野郎。二股野郎。むかつく。むかつく。ああもう。


「……………………。…はあ」


 落ち着こう。イライラは体に良くない。


 増えてゆく灯り、流れる車のヘッドライトをぼんやりと見ている。




 ……………………。




 ねぇ。


 要る?あんな奴。


 私、頑張るよ?


 全然家庭的じゃないけどさ。料理は、まぁなんとかカレーは作れる、と思う。掃除洗濯はそこそこ、それなりに。


 スポーツも得意じゃないけど、もし野球がやりたいって言ったら、キャッチボールできるように頑張る。


 ケーキ屋さんになりたいって言うなら、いろんな店のケーキ食べに行こう。それも勉強よ。


 運動会では、ほかのパパさんたちと一緒にスプーンリレーだってやっちゃうわ。


 もし、


 嫌じゃなかったら、なんだけど。




 うちの子にならない?




 まだ動くには早いお腹が、「ぐう」って返事をしてくれた。

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