恋するカレー

 一歩、一歩、踏みしめて階段を上っていく。効果音を付けるなら、『ドシーン。ドシーン』だ。きっと、パンプスのヒールが減り込んだ穴が開いている。んなわけないけど。


「はあ。はあ。はあ」


 はあ……、えー…、四階?まだ…半分いってないじゃん。


 もお、重い、限界……。


 置く、座る、暑い……。


 …………なんか昭和の亭主関白親父みたいなセリフになった。「飯。風呂。寝る」てね。ははは……はぁ。


 あ。


 …この匂い。くんくん。カレーだ。


 お腹空いた。カレーの匂いって、罪よね。絶対カレーってなっちゃう。


 ふふふ。


 にやりとしたのを自覚しながら、米と水の横に置いたスーパーのレジ袋を見る。


 今日は我が家もカレーだもんね。レトルトだけど。何号室の方か知らないけれど、お互いおいしくカレーを頂きましょう。と、その前に、自分の部屋にたどり着かなくちゃ。はあぁーー、と大きくため息をつき、立ち上がる。


「にゃあ」

「ん?」


 見ると、足元に真っ白な猫が。


「にゃ」


 つづけて黒と茶が混じり合ったサビ猫も。


「どこから来たの?あんたたち」


 うちのマンションはペット可だから別にいていいんだけど、部屋から出てきて大丈夫なんだろうか。辺りを見回すが、どの部屋も扉は閉められており、どこの部屋の子なのかわからない。


 いいのかな?


 猫に視線を戻すと、そんな私を気にも留めず、二匹はぺったりくっついて絡み合ってなめ合って、丸くなっていた。


 カレーみたい。


 君がルーで、君がライス。


 カレーの神様の化身まで出てきた?


『カレーを食べなさい』


 そんなお告げを聞いた気がした、ような。しないような。


 わかりました。


 これはもう何がなんでもカレーよ、カレー。お米炊かないといけないし、疲れちゃったし、もうカップ麺でいいじゃんと思わなかったといえば、うそになります。でもやっぱカレーなのよ。


 決意新たに、よいしょと一歩踏み出そうとしたとき、目の端が明るくなった気がした。


「花火……」


 まだあかをにじませた藍色の空の中で、小さく咲いている。


「……………………」


 去年まで一緒に観ていた遠くの花火。同じように階段の踊り場で、上の階だからここよりは障害物が少なくて、よく見えた。


 ついこの間のようで、遥か昔のようで。


『別れよう。もう無理だ』


 それだけ言って、出ていったあいつ。


 無理だから、あの子の所へ行ったというのか。


 違うでしょ。


 あの子がいいから、私が無理になったんでしょ。


「……………………」


 家庭的で、背が小さくて、癒し系だって聞いた。


 私と正反対だ。


「……………………」


 眉間に力を入れて見つめ直す。けど。


「……………………ふぅ」


 力を抜く。これも私だ。開き直ろうか。


「あら?」


 白いのとサビの猫は、知らぬ間にいなくなっていた。

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