最終話

 ほんの少し前のこと。






 って言っても、そのほんの少しってオレにとっての、もののけにとってのほんの少しだから、人間からしたら結構前かも。



 ん〜25年、26年?それぐらい。






 山がうるさくてね。山。この山。天狗山が。カラスたちが。



 すんごいうるさい時があったの。威嚇の声とか怒ってる声とか。そりゃもうぎゃーぎゃーの大騒ぎ。



 そこに一際鋭い、オレを呼ぶ当時のボスカラスの声が聞こえて、こりゃ何かあったなって、ボスのとこに飛んだんだよ。






 で、そこで見つけた。






 赤ん坊。人間の。






 血とかどろんどろんしたのが身体についてて、オレたちにはない臍の緒ってやつもついてて、ほえほえ泣いてた。






 びっくりした。






 びっくりして見てたら、ボスカラスが鳴くんだよ。



 拾えって。助けろって。






 それだね。



 そこだよ。






 全部の始まりは。



 オレの人生イチ、幸せな時間の始まりは。






 まあ、普通に大変だったけどね。



 だってオレ天狗だよ?もののけだよ?



 昔はね、この山にも集落があってさ、交流もあったの。人間ともののけの。



 一応この山の専属天狗だからさ。オレ。多少ね、何かあったら守ってたし。



 で、天狗さま天狗さまって。



 だから知ってたよ?人間っていきものがどんなのか。赤ん坊から老人まで。誕生から死まで。



 でもオレ天狗よ?もののけよ?






 なーんて言いつつね。思いつつね。






 育てちゃったよ。20うん年。






「天ちゃん‼︎お味噌汁の味見お願いしますっ」

「はいは〜い。するする。味見しますよ〜」






 キッチンの方からリビングのソファーにだらしなく浅掛けで座るオレを呼んだのは、20うん年前に拾った赤ん坊………が、拾った子。光。






 オレが拾った子は、鴉は本日お仕事。






 あの日オレが拾った子は、オレの元で20うん年育って、20うん年山からおりずに暮らしてて、けど今は、オシャレな街のオシャレなカフェでウェイターなんてものをやってる。






 我が子ながらイケメンだよ。まあちょっと無愛想なんだけど、そこがまたさ、いいの。



 どうも最近そのカフェ、女の子のお客さんが増えたらしいよ?



 紹介してくれた杏奈さん経由で聞いた。






「どう?」

「おっ‼︎ぴかるん、腕上げたね〜。すんごい‼︎ばっちりおいしい出汁が取れてる‼︎」

「ほんと⁉︎」

「ほんとほんと〜。テング ウソツカナイ」

「ひゃはははっ、何それ天ちゃん」






 今日はね、オレが拾った子の、オレが拾った日。






 あの日。



 春のあったかい日差しの下。



 山桜の下に、生命は居た。



 小さな小さな生命を、小さく小さく震わせて。






 あと少し見つけるのが、オレが行くのが遅かったら、今日のこの日はきっと来なかった。






「ご飯よーし、お味噌汁よーし‼︎唐揚げよーし‼︎山煮よーし‼︎サラダよーし‼︎ケーキよーし‼︎うん‼︎我ながらかんぺきっ」

「ぴかるんプレゼントは?」

「部屋に隠してあるっ」






 今日。



 山のあちこちがピンクな今日。



 オレが生命を拾った日。



 オレの大事な、大事な大事な息子の、誕生日。






「良い嫁をもらったよ、鴉は」

「だから嫁じゃないし‼︎」

「じゃあ婿だ」

「結婚してないし‼︎」

「『は』ね」

「ちょっと天ちゃん‼︎今日は『は』って言ってない‼︎」






 半月ぐらい前だったか。



 誕生日のお祝いがしたいって、息子が拾ったこの子が言った。



 僕がご飯作る‼︎って。全部作る‼︎お味噌汁は出汁からちゃんと取る‼︎って。






「おいしいって言ってくれるかなぁ」






 オレが拾った生命が、新たな生命を拾って、その生命同士がオレの前で想いを寄せあう。






 どれだけの間生きているのか、自分でももう分からないオレの、それは、この上なき………幸せ。






「あっ‼︎帰って来た‼︎」

「へ?」






 オレには聞こえなかったかすかな物音に、ぴょんって飛ぶみたいに光が走って行った。






『おかえり鴉っ』

『ただいま』

『お疲れさま‼︎今日はみんな居るからねっ』

『みんな?』

『みんなだよ、みんな‼︎ご飯もできてるよ‼︎今日は全部‼︎僕が作ったから‼︎』






 開けっぱなしのドアから、こっちにどんどん近づいてくる、ふたりの会話。






「いいねぇ。若いねぇ。ピュアだねぇ」






 こっちではオレとカラス、ひとつ目と気狐で目を細める。






 思うことはきっと同じ。






「おかえり、鴉〜」

「ただいま」






 ふたりは仲良く、手を繋いでた。






 ほんの。






 ほんの少し前のこと。



 20うん年前の今日。山桜で山がピンクだった20うん年前の今日。



 オレは、小さな小さな生命を拾った。






 人の自分勝手によって捨てられた生命を。






「お誕生日おめでとう、鴉」

「………俺を拾ってくれて、ありがとう天狗」






 もう何年、こうしてお互いに言い合っただろうか。



 そしてあと何年、こうしてお互いに言い合えるだろう。






 それは、もののけからしてみたら、ほんの少し前のことで、ほんの少し、後のこと。






 ………そうでも。



 あと少し、でも。






 手洗いうがいを済ませて、鴉がダイニングテーブルの、いつもの席に座った。



 オレも光も座って、いただきますって、手を合わせた。






「光」

「ん〜?」

「味噌汁、すごくおいしい」

「本当⁉︎」

「本当」

「やった〜‼︎天ちゃんやったよ〜‼︎鴉に味噌汁褒められた〜‼︎」

「うん。やったね。良かったね」






 笑う。




 笑い合う。



 笑い声が、部屋いっぱいに広がってる。






 鴉は親に自分勝手にその生命を捨てられた。



 光もまたそうで、親に捨てられ、自ら生命を捨てに来た。






 ある意味ふたりは一度死んだ。



 天狗山にその生命を落とした。






 それをオレが拾い、鴉が拾って生まれ直し、今ここに、オレは、オレたちは。






 最高に最高に幸せな時間を、過ごしている。






 おしまい

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少年は天狗山で死んだ みやぎ @miyagi0521

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