【37話】聖別の戦士団

 この空間に一つしかない扉から次々に入って来る戦士たち。

 見ている間に、花弁のような白い岩の円環の外側をぐるりと取り巻いた。


「村長さん……村のみんなも……」


 マイの呟く声が聞こえる。

 僕とミカーラは明るいうちに外出していないから顔は分からないけれど、村人達がこの戦士たちの正体で間違いないようだ。


 扉から入るなり淀みなく僕らの周囲を囲むその素早さは、訓練が行き届いているというだけでなく、それ以上のものを感じさせる。


 少なくとも普通の村人ではあり得ない。

 クファール村を襲った兵士達の動きと比較しても格が違う。

 これは……もっとこう……そう、伯爵の城館で交戦した鬼人、それと同等かそれ以上の身体能力。


 見た限りでは二十名を超える、そんな戦士たちに囲われている。

 いくらミカーラでも、誰かを護りながら無傷でこれらの相手をするのは無理だろう。

 奇跡の力が不十分な僕だって、せいぜい一人を相手に出来るかどうか。


 僕はそっとミカーラの隣に移動する。


「貴様ら、何者だ!」


 僕らの包囲が完了してから、村長さんと思われるがっしりとした体格の戦士が僕らに厳しく問う。

 手にした剣身は薄く白光を纏い、普通の剣ではない事が見て取れた。


 いや違う、剣だけではない。

 白い鎧と思っていたが、あれば白いだけではない、あれらも光を纏っているのだ。

 何かしら不可思議な力の加護があると思った方が良い。


「僕達は囚われの天使を解き放つよう啓示を受けて来た!

 貴方達も神に仕える身なら、大人しく従うんだ!」


 僕はとりあえず、はったりを吹っ掛けてみる。


 啓示とは、神様が人に何かを教え、ひらき示すこと。間接的に神様が僕達に指示を出している――ように受け取れる、はず。

 信仰心の篤い村人なら、神様が関係していると誤認してくれれば戦意は鈍るはず。騙しに近いけど。


 あ、ミカーラが渋い顔をしている……見なかったことにしよう。


 さて、どうでるかな?

 僕は戦士達の様子を見ることに集中した。


 神様の関与を思わせる内容に、戦士達は目に見えて動揺が走っている。

 そんな中で、村長は微動だにしない。流石と言うべきだろうか。


「……どうやってこの場を知った?」


 攻撃してくるではなく、しかし動揺を見せず、まずは情報を取りに来ている。

 その言葉から察するに、僕の言った「啓示」にはこの場所まで示されていないと村長は考えている訳だ。


 この場所は、神様からすらも隠せると考えているのだろうか?

 あるいは、そう信じたいのか。


「もちろん、啓示によるものさ。

 この村の教会、その地下に天使が捕らえられている、とね」


 このまま戦っても無事ではすまないため、はったりを継続する。

 そんな僕に向かい村長は「戯言たわごとを」と言い切る。


 少しだけ押し黙った村長は、無表情になり、手にした白刃の切っ先を持ち上げる。


 『認知』を使えない今の僕にも分かる。

 あれは、覚悟を決めた顔だ――。


「皆の者、仮に神罰があってもワシが全て背負う! 彼奴等を排除せよ!」

「ミカーラ! 光翼を!」


 村長が強硬突撃の指示を出すのと、僕がミカーラに指示を出すのは、全くの同時。


 白く輝く鎧を纏う戦士達が僕らに向かい一息に殺到しようとして――そのまま硬直する。


 ミカーラの背中から顕現した光の翼。


 その神々しい光を放つ背中の両翼は、何も知らない者でもミカーラが神聖な存在であることを悟らせずにはいられない。


 動揺し躊躇が発生した戦士達。

 その隙を狙って――


「グレコ! どこを壊せばいい!」

「上だ!」


 グレコが天井を指さす。

 そこには天井に張り付くようにして存在する、乳白色の巨大な鉱石。


 あれは……白透石の塊だろうか。

 淡く、乳白色に仄光を放つそれは、改めて見ると不思議な存在。


 僕が時間を稼ぎ、グレコがこの空間の要を探す。

 言葉を交わせない中での咄嗟の連携、といか一方的な期待だったけど、グレコは理解し応えてくれた。


 あの天井の巨大な鉱石、あれこそがこの空間を包む不可思議な奇跡を妨害する力の要。グレコはそう判断した。


「ミカーラ、あれを破壊して!」

「御意!」


 僕はグレコの指し示す天井の鉱石を指さして、ミカーラに破壊を願う。

 そしてミカーラは神賜の剣しんしのつるぎの切っ先を真上に掲げた。


『天雷!』


 ミカーラの澄んだ声が広大な空間に響き渡り、微かに木霊して消える。

 神賜の剣しんしのつるぎからほとばしる強烈な白い光と轟音は周囲を灼くように照らし、地を揺るがすように響いた。


 その光の柱は天井の白い鉱石を貫く。

 一瞬でヒビが全体に回った鉱石は、次の瞬間に崩壊を始める。


 音を立て次々に崩落する大小さまざまな白い塊。

 囚われの天使を包む花弁のような白い岩の円環は、その白い瓦礫に埋もれ、やがて白い砂塵により隠される。

 少し遅れて、教会の象徴シンボルたる翼を模した三角の金属板がついた大きな柱が上から轟音と共に落ちてきて、天使達のいた瓦礫の山に突き立った。

 あたかも天使達の墓標の如く。


 その様子を呆然と眺めるしかできない戦士達。


 自分達が命をかけ守り通してきた秘密。

 教会により選りすぐられた信徒のみを村に迎え入れ、時間をかけて仲間として認められた者で構成された村。

 村外の者には決して悟らせないよう継承した、村の、いや教会の秘密。


 それがいま、目の前で瓦礫に圧し潰されたのだ。


「こ、これでは、いかに天使様でも……」


 そう呟きかけた村長は、それもさることながら天井の守護石が崩壊したことにより秘密が神の眼に曝されるという事実にと気づく。それに今更ながら恐怖する。


 神罰。


 覚悟はしてきたつもりだったが、自分がそれを一身に受けることになるのか、そう考えるだけで。

 天使を拐かした罪、それはどれほどの。

 村長が恐怖で脚に力が入らなくなり、両膝を地につけたその時。


「ちょっとぉ、危ないじゃないの。

 わたしだって、あんな石が頭に当たったら痛いんだからねぇ?」


 鈴の音のように澄んだ声が響く。

 場違いな程に伸びやかな内容と喋り方で。


「仕方がないですわ、あんな大きな石を壊したのだから。

 護ってあげたのだから、文句言わないの」


 そんな声が聞こえると同時に、瓦礫の山が一瞬だけ光を放ち、そして崩れる。

 教会の象徴シンボルたる柱は轟音と共に横倒しになった。


 中からは無傷の二人の天使、それに三人の少年少女。

 全くの、無傷。


 天使を害するという神への反逆に等しい罪は回避できた。

 村長はそれを認めた。


 ……そしてそれは同時に天使の捕囚という同等以上の罪過がいま天に晒されたことを意味する。

 いずれにせよ、自身が神罰を受けることに違いはないだろう。

 覚悟はしていた、はず、だったが。


「うう……うわぁああああぁぁぁああぁあ!!!」


 村長は錯乱し、白刃を振りかざして駆けた。

 自分が何をしているのか分からない。何をしたいのかも。

 ただ、目の前に居る目撃者、彼の者達を排除しないことには。

 ただそれだけ、潜在的な恐怖に身を任せ。


 そんな村長を見た戦士達のうちの何名かも、同様にわめき声を上げて駆け出す。

 証拠を隠滅せんと。

 白刃を振り上げ、輝く光を強くほとばしらせて。


「あああああああああああ!!!!!」


 駆け寄る戦士の長であろう村長。

 

「ミカーラは皆を護って」


 ジン


 僕はそう言って迎え撃つため駆けだす。


 狂気に身を任せた戦士の長は、憎悪を滾らせた目で僕をめつけ、走る。

 僕はその目を見据え、護身の剣を構えながら、同じように駆け寄った。


 その間合いに入ろうという一瞬。


 おさが持つ剣が放つ白き光が極大に輝き、長大な刃を成した。

 そのまま人とは思えない速度で斜めに薙ぎ降ろす。


 それを僕は――くるんと前転して躱した。


 刹那の刻を置いて、僕が居た場所を白光が薙ぎ払う。

 対象を失った斬撃はそのまま地面に衝突し、垂直に土塊が噴き上げられた。


 正に奇跡。


 そう、僕は奇跡を取り戻し、その『認知』により隔絶した実力差の一撃を回避し得たのだ。

 戦士の長が錯乱して視野狭窄に陥っていたことも、それを為し得た一因だろう。


 大きく体勢を崩した戦士の長の後頭部に、僕は的確な一撃を見舞い、意識を刈る。


 戦士の長、村長はそのまま音を立てて倒れ込み、そのまま動かなくなる。


 ……大丈夫かな?


 倒れた長が無事であることを僕は確認した。

 だけど、しばらくは起きないだろう。

 それが分かった。


 良かった、なんとかしのげた――。 

 長の攻撃から皆を護れたと僕が理解し顔を上げ、急いで皆の方を見る。


 その時、僕はこの戦いが既に終わっていたことを知った。

 二人の天使の威光に打たれた戦士達が戦意を喪失し、冷たい地面に額づいている様が見えたのだった。

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空から天使が降る夜に~奇跡を手にした僕と壊れかけの世界~ たけざぶろう @takezabro

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