第37話

「おはよう、ミズキ」

「おいーす、遠竹」

「おはようなの、ミズキチ」


 そして、次の日。

 ベッドで目覚めた瑞貴が見たものは信じられない光景だった。


「……なんで僕の部屋にいるの?」


 瑞貴の横で寝ている茜と、六花。

 そして、布団の上に乗っかっているメリーさん。


「こいつ等からミズキを守る為」

「オイオイ、茜が先に潜り込もうとしてたんだろぉ?」

「私は二人の監視なの」


 三人がそれぞれ、勝手な事を言い合う。

 だがそれが、三人で同じベッドに集まる理由になるのだろうか。

 そう口にしようとする瑞貴の口を、六花の手が塞ぐ。


「まあまあ、細かいこたぁいいじゃねえか。美女と一緒だなんて、てめぇ何処の王様だぁ?」

「……茜で諦めましたけど、それ。僕のパジャマですよね」


 頷く六花に、瑞貴は大きく溜息をつく。


「勿論美女ってのは私の事だよ、ミズキ」


 茜は相変わらず瑞貴のパジャマを着ている。

 こっちはもはや何を言っても無駄だろう、と瑞貴は最初から諦めて、残る一人に視線を向ける。


「どうでもいいけど、たまにはこっちのご飯も食べてみたいの」


 べしべしと瑞貴の胸のあたりを叩くメリーさん。

 やけにダボダボなそのパジャマは、やは瑞貴のものだ。


「いいねえ。なあ遠竹。こっちの飯作ってくれよ!」

「ミズキの全部は私の。ミズキのご飯だって同じ」


 瑞貴の頭上で何やら突き合いを始める六花と茜。


「あれ、そういえば琴葉さんは居ないね?」

 

さすが琴葉さんだと瑞貴は心の中で拍手をおくる。

 この三人みたいに妙な事はせずに家に帰ったのだろうか。

 まあ、耕太も心配してるだろうしね、と瑞貴が納得した、その時。

 カシャリというシャッター音が聞こえてくる。


「うん、よく撮れました」

「あの、琴葉さん?」

「あ、おはようございます遠竹君」


 ニコニコと優しげな笑みを浮かべる琴葉。

 だが今の瑞貴にはそれが悪魔の笑顔に見える。

 何故なら、その手にはスマホのカメラがあり……レンズが向けられている。

 その瑞貴に向けられたレンズが、凶悪な輝きをギラリと放っているようにすら見えてくる。


「今、何を?」

「写真を撮りましたけど」

「何故に?」

「怒らないしデータ消さないっていうなら教えてあげますけど」

「言ったら契約で縛りますよね」


 琴葉は唇に指をあてて、考える素振りを見せて。


「じゃあ、ボクを信用するっていうのは如何でしょう?」

「言ったら契約で縛りますよね」

「てへっ」


 言うなり琴葉は身を翻して逃げていく。


「待って、それを何するのか教えてください!」


 慌てて起き上がろうとする瑞貴を、茜が抑え込む。


「ミズキ。あんな性悪狐と関わったらダメ。性悪がうつる」

「やー、それについては同感。やめとけやめとけ」


 茜に続いて、六花まで瑞貴をベッドに抑え込む。


「ちょっと、二人とも離してっ」


 ジタバタしていると、ドアの外から琴葉の楽しそうな話し声が聞こえてくる。


「あら? 耕太?」


 琴葉が耕太と電話をしている。

 止めなければ、と瑞貴は焦る。

 そうしないと、何を言われるか分かったものではない。

 だが、どうしようもない。

 茜と六花は両側からしっかりと瑞貴を抑え込んでいるし、メリーさんは布団の上から動く素振りすら見せない。


「諦めるといいの。電話をとらせた時点で負けは確定してるの」


 如何にもどうでもよさそうな口調のメリーさんは、欠伸などをしてみせる。

 確かにその通りだ、と瑞貴も思う。

 ここで電話を取り上げでもしたら、怪しさしか残らない。

 そうなると、瑞貴としては琴葉の良心に期待するしかないのだが……。


「うん、うん。今?」


 そこだけは誤魔化して欲しい。

 そんな瑞貴の祈りは、しかし。


「遠竹君と一緒ですよ? うん、そうですね。一夜を共にしましたよ?」


 わざわざ誤解されるような台詞を選んだ言葉に、打ち砕かれる。


「ええ。もう少ししたら帰りますから」


 そして笑顔の悪魔が、再びドアの向こうから現れる。


「遠竹君。耕太が、学校で話があるそうですよ? 必要書類は遺書か婚姻届だそうです」


 正しいはずの第三の選択肢が無い事実に、瑞貴は戦慄する。


「ダメ、ミズキは私の」

「モテモテだなあ、遠竹! なんならアタシ選んどくか?」

「そこで私という選択肢も投入してみるの」


 三者三様の勝手な事を言う三人。

 しかし、遊んでいる場合ではない。 


「が、学校! そうだ、学校行かなきゃ! 今日って月曜日だよ!」

「おー、そうか。じゃあアタシも行かなきゃな」

「私もなの」


 六花と、メリーさんが起き上がる。

 だが、何故二人が学校に行かなければならないのかが瑞貴には理解できない。


「おう、アタシは副担任」

「私はミズキチの隣のクラスなの」


 そう、六花も、メリーさんも瑞貴が引き寄せたことで、こっちの世界に元々居た事になっているのだと瑞貴は理解する。


「ちなみに私は、今日転校してきた事になってるの」

「あ、そうか。今まで携帯だったもんね」

「ミズキ」


 未だ瑞貴の隣で寝ている茜が、声をかけてくる。

 ……今更ではあるが、自分が好きで、自分の事を好きでいてくれる女の子とこんな状況というのは……なんだか、凄く恥ずかしいと瑞貴は気付く。

 自然と赤くなっていく顔を隠すように、瑞貴は寝返りを打つ。


「な、何? 茜」

「そろそろ遅刻」


 瑞貴は跳ね起きて、慌ててタンスを開ける。

 そこで気づいて、振り返る。

 ベッドから身体を起こしている茜に、椅子に座っている六花。

 ベッドの下にゴソゴソと手を入れて探っているメリーさん。

 三人の視線が、瑞貴へと集中しているのが分かる。


「あの、着替えたいんだけど」

「私は気にしないよ」


 それで解決なはずもない。

 しかも、誰も出ていこうとはしない。


「心配すんな。この剣谷先生が一緒にいれば安心だぜ」


 その六花さんが不安材料です、という言葉を瑞貴はゴクッと呑みこむ。


「男らしくないの。さっさと着替えちまえなの」

「はーい、皆さんの服も持ってきましたよー」


 そんな言葉と共に、琴葉が制服と、スーツを持って瑞貴の部屋へと入ってくる。


「あれ。茜はともかく、なんで六花さんとメリーさんのが?」


 その瑞貴の当然の疑問に、メリーさんは自分を親指でクイッと指す。


「紅林メリー、なの」


 茜の姉妹扱い、ということは……この家の家族が増えたという事なのだろう。


「そしてアタシが遠い親戚で、遠竹のハーレム状態を監視する目付役ってやつだ」


 理解は出来た。

 出来たが……だからといってこの場で着替えだされてはかなわない。


「ちょっと待って。僕が出ていきますから」


 すると、示し合わせたように入り口を塞ぐ四人。

 メリーさんにいたっては、鎌まで構えている。


「ミズキ。諦めて着替えよう?」


 茜が、そう言って瑞貴の肩をポンと叩いて。

 他の三人に聞こえないような声で、瑞貴の耳元で囁く。


「遊園地。週末、行こうね」


 そう囁いて、茜は楽しそうに笑う。


「うん、そうだね。絶対行こう」


 瑞貴も茜の耳元でそう囁いて……これから続いていくであろう日々に思いを馳せる。

 これからきっと、もっと騒がしくなっていくであろう日常。

 それは今日も、明日も、明後日も、そのずっと先も。

 それは、想像ではなくて。

 これから創造していく、瑞貴と茜の日々。

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ワールドミキシング 天野ハザマ @amanohazama

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