残念ですが、社交辞令に逃げたいと思います。

「子供は、うちのっ、子は。大丈夫なんですか!」

「お、落ち着いてください」


どこかで聞いたことあるような、テンプレートで何の面白みのないセリフも、今だけは初めて聞いたかのような感動とともに胸を突き刺してくる。


思わず胸をつかみそうになり、やめた。しかし、手のふるえは収まらない。それどころか、気を抜けば全身が震えてしまいそうになる。死にたくは、ない。


今は、胸が痛いなどと言えるような状況ではない。それは誰よりも分かっている。分かってなければいけない。


冗談のようで笑いたかった胸が痛いなんてセリフも、この状況を前にしては言葉の重みを感じずにはいられない。


そんな事を考えている間にも、母はずっと泣いている。言葉をはっしようとしている事は伝わるが、そのどれもが、うめき声として世界に消えていく。


母の、まだなのに、何故なぜか寂しそうな声をまともに聞いてはいられない。どうかしてしまう。


それくらい、母の声は触れたら壊れてしまいそうな、いや、触れたらどころではなく、母と、もしかしたら俺も、ただ言葉を発するだけで全て壊れていく気がした。


「ここでは治療が不可能なので、日本海病院に紹介状を送っておきますね」

「それって、うちの子はっ、治るんですか」


救いを求めるようなむなしく響くその声は、誰も救うことはなく、この状況を簡潔かんけつに表している。


そして、沈黙ちんもくが流れる。そのわずかな沈黙は僕の心を一瞬だけ救い、裏切る。その間にも動悸どうきはおかしいほど激しく鳴り始め、息は絶え絶えになり、全身は震え始める。


今までの俺では考えられない「人間」が完成した。


ああ、もうやめてくれ。こんな所で現実を見たくはない。見せかけの希望で良いから、嘘でも良いから、人の救い方に正論の二文字は無い。


俺にとっては医者のような何かが、口を開く。


「治るかと言われれば、確証は
















持てません。残念ながら」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたの病室で、約束をした。 菊池周 @hapikowa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ