憧憬

梅田 乙矢

私は白を基調とした部屋に医師と一緒に座っている。

窓が開いていてクリーム色のカーテンが風になびいていた。

私の心とは裏腹に外は晴れていて気候もとてもいい時期だ。

医師は

「いつからそう思うようになったの?」

と優しく話しかけた。


「分かりません。いつの頃からか死に対してとても憧れるようになったんです。

でも、死ぬ勇気はなくて行動に移すことはありません」

私はいつからか…死への興味がとても強く死を望むことが多かった。

でも、さっき言ったとおり行動に移すことはなく頭の中で何度も自分が自殺する場面を繰り返していた。

ここへ来たのも自分はどこかおかしいんじゃないか何か病気なら病名がほしいと思ったからだ。

毎日毎日死ぬことを考え 死に関する歌を

好んで聞き美しいとさえ思ってしまう自分。

死を美しいだなんて正気じゃない。

こんなこと誰にも相談できないし言ったところで頭がおかしい奴としか思われないだろう。

医師は続けて

「自分が消えてしまいたくなるような出来事とかは?」

と質問した。


「あります。

と言っても小さい出来事から大きい出来事まで…

何かあればすぐ死に結びつけてしまいます」


「うーん…死が美しいか」

医師は少し考えて

希死念慮きしねんりょという言葉があるけど、それに似ているようで少し違うような気もするね」


「希死念慮。

それは調べたので知っています。

確かに死を望んでいますが、別に病気を

わずらってるとかそういうのが原因じゃないんです。

ただ死が美しくて憧れているだけなんです」

ネットで調べたことはあるけど何も出てこなかった。

デストルドーという死への欲動というのも

書いてあったけれど、話が難しすぎて途中で読むのをやめてしまった。

医師も困っているようだ。

やはり田舎の病院じゃダメだったか。

もっと大きな専門医のところに行かないと分からないようだ。

医師はとりあえず鬱を疑い薬を処方してくれた。

この薬も一度に飲めば死ねるのだろうか?

オーバードーズというやつだ。

その後、何度か病院に通ったが、ただ薬を処方されるだけでなんの解決にもならなかった。

そのうち病院へ通うのをやめて私はまた

一人、死について考えるようになった。

普段は立入禁止になっているので滅多に入ることのできないお気に入りの場所へ行き

町を一望しながら風に吹かれて夕焼けに染まった綺麗な空を見ていた。

夕日が反射した雲は美しくここにいると空が近くに感じる。

「綺麗な夕焼けだな。この空に飛び込んでいきたい」

ふと気付いた。

私はいつも空に憧れている。

朝も青空を見て綺麗だと思い、

夕方は日が落ちる様子に少し物悲しくなり、夜は暗闇に浮かぶ月を美しいと思う。

彼方かなたに飛行機が飛んでいるのが見える。

空を飛べるなんてうらやましい。

突然あの空へ行きたいという思いが込み上げてきた。

そうか、私は空の向こう側へ行きたかったのか。

あとは何も考えずに手すりを乗り越えていた。

夕日は姿を消そうとしている。

さっきまで黄金色だったのに今は薄紫とピンクの間の不思議な色合いになっていた。

私は一日何度となく変わる美しい空を見て

一歩前へと踏み出していた。

最後に見た景色は空の色ではなく薄汚れた

コンクリートの色だったのは残念だ。

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憧憬 梅田 乙矢 @otoya_umeda

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