落ちてきた豹

烏川 ハル

落ちてきた豹

   

 いつもは自転車で通勤する私だが、その日は雨だったのでバスを利用。座る際にチラリと見ると、真後ろの席は二人組の女子高生で、二人とも黙ってスマホを眺めていた。

 私がボーッと窓の外に目を向けていると、バスが動き出してまもなく、後ろの二人が何やら話し始めたらしい。彼女たちの会話が聞こえてきた。


「大変! 豹が落ちてきて、亡くなったんだって!」

「えっ、豹? ……なんだ、日本じゃなくサバンナの話じゃん」

 興味深いニュース記事を見つけた女子高生と、それを横から覗き込む友人。振り返って確認するまでもなく、そんな構図が目に浮かんだ。


 確かに、豹なんて日本では動物園くらいでしか見られないが、サバンナならば当たり前のように生息しているのだろう。

 猫は高いところから落とされても、くるりと回転して上手く着地できると聞くが、同じ猫科であっても豹には難しいらしい。どこから落ちたのか知らないが、墜落死も容易に起こり得る話に違いない。

 そのように私は納得したのだが……。


「うん、サバンナの森で起きた事件。雨宿りしてたら大きな豹が頭に直撃して……。死んだのは小さな子供だったって」

 おいおい、落ちてきた豹が死んだんじゃなく、その豹に当たった人が死んだのかよ!

 そんなツッコミを入れたい気分だが、見知らぬ女子高生の会話に加わるわけにもいかない。

 私が少しモヤモヤしていると……。


「うわあ、災難だね。でもさ、サバンナで豹が落ちてくるって、あんまりイメージないんだけど……」

 よくぞ言ってくれました!

 私のツッコミとは少しポイントがズレているものの、これも気になる点だった。

 私が知る限り、豹というものは地上の動物のはず。森で上から落ちてきたのであれば樹上にいたことになるが、そんな場所で何をしていたのだろうか。


「……異常気象だったのかな?」

「いや『異常気象』は言い過ぎだよ。こんな大きな豹は、確かに珍しいかもしれないけど、でも普通サイズなら普通に落ちてくるんじゃないかな?」

「そっか。サバンナでも普通の出来事なのかあ」

 おいおい、今度こそ待ってくれ。豹が落ちてくるのを異常気象の一言で済まそうとするのもおかしいし、それを「サバンナでも普通の出来事」と納得するのはもっとおかしいだろ?

 見知らぬ女子高生たちにツッコミを入れたくて、私はウズウズしてしまうが……。


 そのタイミングでバスが停車し、ドアが開く。

「あっ、着いたよ!」

「今日は早かったね」

 二人の目的地だったようで、女子高生たちはサッサと降りてしまう。

 豹の話が気になって、そこから会社まで、ずっと私は腑に落ちない気分だった。



 翌日になると、前日のモヤモヤもすっかり収まっていた。

 しかしネットのまとめサイトでそれらしきニュースを目にした途端、あの女子高生たちの会話を思い出す。ようやく理解した私は、思わず叫んでしまった。

「あの二人が言ってたのって、ひょうじゃなくひょうだったのか!」




(「落ちてきた豹」完)

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落ちてきた豹 烏川 ハル @haru_karasugawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ