第47話 二日ぶりのセレンさん

 ミリスさんがシスコンだという衝撃の事実が分かった昼休みから時間は過ぎ、遂に本日の授業も残すところ戦闘学の座学と実践だけになっていた。


 そして、この戦闘学の授業の講師は驚くべきことにセレンさんだった。

 週ごとで担当する講師は変わるらしいが、最初はセレンさんのようだ。


 顔を合わせるのは二日ぶりなのだが、随分と懐かしい気がする。

 知り合いのいないプラチナクラスで心細かったけど、セレンさんの姿を見たら元気が出てきた。


 セレンさんがこっちを見たタイミングでウインクをしてみる。

 だが、セレンさんは何故か不満げに首をプイッと横に逸らした。


 え、ええ……? なんで? 俺なにか悪いことしたっけ……?


「今日から一週間君たちに戦闘について指導するAランク冒険者のセレンだ。私は主に戦闘における心構えと基礎を教えることになる。質問等があれば、その都度申し出るように」


 モヤモヤしている間にセレンさんの挨拶が終わり、授業が始まった。


 最初は座学からだった。これにはプラチナクラスの生徒も渋い顔だった。

 まあ、戦闘と言えば外で身体を動かすってイメージだもんな。この辺は年頃の学生という感じで共感できる。


「まず初めに、君たちに一つ質問をしよう。戦闘において最も重要なことはなんだ?」


 セレンさんは暫く時間を置き、生徒たちに考えさせる。

 それから、俺の方を見た。


「そこの奥に座っている生徒、分かるか?」


 なぜ俺を指名したのかは分からないが、これはチャンスだ。

 俺はセレンさんの弟子としてセレンさんの指導は既に受けてきている。ここで、鮮やかに答えを返すことで


『アイアンだが、やるな』

『見直したザーマス』


 とプラチナクラスの生徒の好感度を上げることが出来る。


「勘、ですね」


 自信満々に答える。

 勘の大切さはブラビットとの戦闘で学んだからな!


「違う。まるでダメだ」


 うっそーん。

 

 クスクスと周りから小さな笑い声が聞こえる。

 自信満々に答えた分、余計に恥ずかしい。


「他に誰か分かる者はいるか?」


 セレンさんが問いかけると一人の生徒が手を上げ、立ち上がる。


「覚悟です」


 この返事にはセレンさんは満足げにうなずいた。


「そうだ。戦う以上は覚悟がいる。人は心と体で出来ている。心が戦う状態になければ体もついてこない。だから、戦うときにはまず覚悟を決めなければならない」


 なるほど。言われてみれば納得である。

 

 そんな感じでセレンさんの授業は進んでいった。

 何故かセレンさんはことあるごとに俺を指名した。時々、俺が正解することもあったがセレンさんの反応は『精々その調子で勉学に励むんだな』とどこかツンとした口調だった。


 やっぱりセレンさん怒ってる?

 でも、俺何か怒らせるようなことしたっけ?


 必死に記憶をたどるが、セレンさんに何かした覚えはない。そもそもの話、セレンさんと会うのだって二日ぶりなのだ。

 俺が学園の生徒寮に、そしてセレンさんが職員寮に入るときは少なくとも不機嫌ではなかった。


「よし、座学はここまでだ。休憩を挟んだ後、次の時間は実践に入る校舎横にある第一闘技場に時間までに集まっておくように」


 結局、セレンさんが俺に冷たい理由は分からないまま座学が終わった。

 このまま放っておいて後々こじれると面倒そうなので、座学が終わると同時に俺は教室を出たセレンさんを追いかけた。


「セレンさん」


「今は教師と生徒の関係だ。先生と呼べ」


「あ、すいません」


「それで、何か用か?」


 あくまで視線は前に向けて、歩きながらセレンさんが問いかける。


 やはりなにか怒っているような気がする。いや、怒っていると言うよりは拗ねてるような気もする。


「あの、俺なにかやってしまいましたか?」


「いいや、なにもしていない」


 なにも、の部分をやけに強調してセレンさんは答えた。

 

 何もしていないということは俺は何かするべきだったということか?

 だが、別にセレンさんに何かを頼まれた記憶はない。そうなると、俺が普段はしていたことを突然やめてしまったとか?


 まあ、心当たりはある。それは朝の挨拶だ。

 この学園に来る前は俺は毎朝セレンさんの家に言って挨拶をしていた。

 でも、それは別にセレンさんにとって重要なことではなかったはずだ。何なら最初は嫌がってたし。


 しかし、万が一ということもある。無いとは思うが試しに聞いてみるか。


「もしかして、いつも朝は挨拶に言ってたのに、昨日今日と行かなかったから怒ってるんですか?」


「…………別に怒ってない」


 長い長い沈黙の後、早口でセレンさんはそう言った。


 図星じゃん。


「逆に聞くが、お前は私に挨拶しなくてよかったのか? 別に私は気にしていないが、あれだけ挨拶したがっていたお前はそれでいいのか?」


「いや、まあ、職員寮に学生は基本的に入れませんし」


「だ、だが……!」


 まだ何か言いたげなセレンさん。

 そこまでして俺に挨拶して欲しかったのだろうか。


《① 「そんなに俺のこと好きなんですか?」と問いかける》


《② 「冒険者の頃と違って、俺も暇じゃないんすよ」と他に女がいるアピールをする》


 何言ってんだおめぇ。

 セレンさんには既に一度フラれてるし、他に女なんていねーよ。


 エリスさんとは主従関係だし、ミリスさんとは友達と言えるかもしれないが、王女様を恋人にしようとは思えない。


 まあ、②にしとくか。

 嘘ではないし。


「冒険者の頃と違って、俺も暇じゃないんすよ」


「そ、そうなのか?」


「ええ、あっちこっちで女に連れまわされて困ってます」


「なっ」


 嘘ではない。事実エリスさんの魔法であっちこっち飛ばされて、屋上に叩きつけられた。 


 しかし、俺の言葉は思いの外セレンさんには衝撃だったのかセレンさんは数秒固まってしまった。


「セレンさん? 大丈夫ですか?」


「……弟子として、挨拶に来い」


「え? なんですか?」


「弟子として明日から毎朝挨拶に来い。そして、必ず私と朝食を食べろ。いいな?」


「え……?」


「いいな?」


「あ、はい」


 思いの外強いセレンさんの圧におされて頷いてしまった。


 まさかセレンさんがそんなにも挨拶を大事にしているとは思わなかった。

 考えが変わったのだろうか。


 まあ、俺としても朝から綺麗なセレンさんとは朝食を食べることが出来るのは得しかないし、断る理由もない。


「よし、なら明日の朝からだ。必ず来い」


 そう言うとセレンさんはさっさと立ち去った。

 その表情は心なしか柔らかくなったような気がした。

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ゲームのような能力が欲しいと願ったら目の前に選択肢が浮かぶようになった わだち @cbaseball7

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