第46話 シスコンその1

 プラチナクラスの授業は俺の想像よりはるかに高度なものだった。

 まだ十五を過ぎたばかりの若者が国の政治や現状、他国の外交政策を学び、そこから今後訪れるであろう未来の展望を話し合う。


 ちゃんとした教育が十歳くらいで止まっている俺からするとちんぷんかんぷんだった。

 まあ、それはそれで第二王女のミリスさんの監視に集中できるのでよいことである。


 改めて、俺の隣の席で真剣に授業を受けているミリスさんに視線を向ける。


 窓から差し込む光を反射してキラキラと輝くプラチナブロンドのしなやかな髪、見るものを魅了するような美しい瞳、端正な顔立ち。

 そして、姉のエリスさんよりも明らかに発達している胸。

 言うことなしの美少女だ。


 背筋をピンっと伸ばして、先生の話を聞いているところも非常に好感が持てる。

 

 ミリスさんの観察に努めている内に時間は過ぎていき、気づけば昼になっていた。

 お昼を食べるために食堂へ行こうと席を立つと、誰かに肩を掴まれた。


「クナンくん、お話してもらえますよね?」


 と、ミリスさんは微笑みながら言った。


 ミリスさんに連れられて食堂へ向かったが、当然ながら周りからの視線をひしひしと感じる。

 だが、ミリスさんはそんなことを気にした素振りを一切見せずに突き進む。

 食堂に入ると、食堂の人によって個室に案内された。


「ここなら人目も気にしなくて済みますし、問題ありませんよね?」


「あ、はい」


 問題はないが、王女様だからといって食堂に個室を用意してもらえるものなのだろうか。

 よくわからない。ただ、誰にも見られないということは俺にも好都合だ。


 これなら、エリスさんとの関係を話すところをエリスさん本人に見られる心配もない。


「では、早速お聞きしたいのですが、クナンくんは私の姉様とご友人なのですか?」


 向かい合って席に着くと、待ちきれないという様子でミリスさんが問いかけて来る。

 もちろん嘘はつけない。


「まあ、友人というか下僕というか……それなりにお話しする相手ではありますね」


「で、では、姉様とは普段どんなお話をするのですか?」


 と、ミリスさんは目を輝かせる。


「えーっと、まあお願いごととかを聞いてますね」


 あなたの監視についてです、とは当然答えられない。

 だが、俺の返事が何か気に障ったのかミリスさんは僅かに表情を曇らせる。それは一瞬のことで、直ぐに笑顔を彼女は再び俺に向けた。


「それは、素晴らしいことですね。きっと、クナンくんは頼りになる人なのでしょう」


 ねえ、バカにしてる?

 俺が涙と鼻水垂らして君に縋りついたの知ってるよね?


 これが王族の皮肉か……と戦慄しながら「ははは、そんなことありませんよ」と笑っておく。

 

「あ、それとミリスさんにお願いがあるのですが、俺とエリスさんの関係については口外禁止でお願いします。エリスさんにも話さないでください」


「姉様にもですか?」


「はい」


「……そ、そうですか」


 残念そうな表情を浮かべるミリスさんだったが、納得してくれたのか了承してくれた。

 これで一安心だ。

 

「あの、でしたら私からもお願いしたいことが一つあるのですが……」


「なんですか?」


「その、おかしなことを言うようですが、今の姉様のことを教えて欲しいのです」


 本当におかしなことだ。

 姉妹なのだから、お互いのことを知っていてもおかしくないだろうに。

 それとも、二人はあまり会話しないのだろうか。


「実は、姉様とはもう五年もゆっくりお話していません。姉様は私を避けていますので……」


 寂しそうにミリスさんは呟く。


 避けている? 監視を命じるような人が?

 違和感は感じるが、ミリスさんが嘘を言っているようには思えない。


「姉様は私を嫌っているのだと思います。ですが、可能なら私は子供のころのように姉様と仲良くしたい。ですから、クナンくんにそのお手伝いをしていただきたいのです……お願いできますか?」


 捨てられた子犬のように縋りつくような目を向けて来るミリスさん。


《① 嫌です》


《② 「お願い、ねぇ……。まさか、タダでとは言いませんよねぇ」とネットリした声でネッチョリした視線をミリスさんの胸に向けながら言う》


 バカなの!?

 どうして君はそんなに王族にセクハラまがいのことをしたがるの!?


 そんなんだから、クズのアイアンって言われるんだよ!


「嫌です」


 迷った末に俺は①を選んだ。

 

「そ、そうですよね。すいません、図々しいお願いをしてしまって……」


 あああああ!! 心が痛い!!


 そんな悲しそうな目をしないで! 目を潤ませないで!

 俺めっちゃ悪い奴みたいじゃん!


「あ、そういえばまだ昼食を食べていませんでしたね。昼食にしましょうか。今日はシチューのようです。姉様もシチューが好物なんですよ……昔はよく食べてたなぁ……」


 過去に思いをはせているのかミリスさんの目尻にどんどん涙が溜まっていく。


 くっ……! 良心がフルボッコにされている。

 もういいよ! セクハラくらいやってやるよぉ!


「お願いするなら、タダでとは言いませんよねぇ!!」


「え?」


「タダじゃなければ、お願いを叶えてあげてもいいと言っているんですよぉ!!」


 ネットリした声を意識しながら、ミリスさんの胸を凝視する。

 せめて声を張り上げ、テンションを上げることでセクハラを誤魔化したかったが、逆に脅してるみたいになった。

 失敗した。


 俺の視線に気づいたのだろう。

 ミリスさんは顔を赤くすると、胸を隠し、俺を睨んでくる。


「な、なにを要求するつもりですか?」


《① 「自分で考えてはいかがですかぁ?」とネットリした声で言う》


《② 「お前の身体に決まってんだろ」とハッキリした声で言う》


 最低だよ。

 いや、だがこれならいける! まだ軌道修正できる!!


「自分で考えてはいかがですかぁ?」


 ネットリした声でミリスさんに言い放つと、ミリスさんは唇をかみしめ苦悩するような表情を見せる。


 一先ず、即答しなかったことに一安心だ。


「そうですねぇ、例えば……その胸に秘めているもの――魔力なんていかがですかぁ?」


「魔力、ですか……?」


 不思議そうにミリスさんが食いつく。

 よし、これでいける。


「ええ。俺は闇魔法を使うんですけど、色んな人の魔力を吸うとパワーアップできるんですよ。ですから、俺が望んだ時にミリスさんの魔力を吸わせてもらうというのはどうでしょう?」


「それだけでいいんですか?」


「それ以外に人の胸を見つめる理由がなにかあるんですか?」


 ここですっとぼける。

 すると、ミリスさんは顔を赤くしながら「い、いえ、なんでもないです」と視線を逸らした。


 へっへっ、何を考えていたんだろうねぇ。

 清楚な見た目してる割には頭の中は桃色じゃないか。そういうの大好物です。ありがとうございます。


「それくらいでいいなら、こちらからもお願いします」


 咳ばらいを一つしてからミリスさんが改めて頭を下げる。その表情には心からの喜びが表れていた。


 何はともあれ、これで窮地は免れた。

 こんなことなら最初からネットリボイスで「タダでとは言わないよなぁ?」って言っとけばよかった。


 そのあとはシチューを食べながらミリスさんと楽しくお話しした。

 いや、正しくはミリスさんが話す「姉様はここが凄い! 姉様はここが素敵! 姉様大好き!」というシスコントークを延々と聞かされているだけだった。


 ミリスさん曰く、エリスさんは最近は殆どの人と深い関わりを持とうとせず孤高の人となっていたためにエリスさんについて話せる人がいるだけでうれしくて仕方ないらしい。


「こんなに姉様についてお話しできたのは久しぶりです。あの、クナンくんがよろしければ明日もお話しませんか?」


 昼食が終わるころにミリスさんから提案される。

 もちろん遠慮したい。

 今日だってめちゃくちゃ注目されたのだ。これを繰り返せば厄介ごとがやってくることは目に見えている。


《① 「二人っきりで個室……くくくっ、いいですねぇ」とミリスさんの胸を見つめ舌なめずりしながら言う》


《② 「嫌でーす!」とギャハハと笑いながら言う》


「二人っきりで個室……くくくっ、いいですねぇ!!」


「ありがとうございます!」


 もう、いいよ。

 ミリスさんの笑顔が見れるなら、俺はなんでもいいよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る