素敵だった先生
木の傘
1話完結です
あなたには、人生の先生と言えるような人はいましたか?
私にはいました。
その人は小学校の先生でした。先生はとても素敵な方で、相談には親身になって聞いてくれる優しい人でした。いじめっ子を許さず叱ったりする、正義感の強い人でもありました。子供心に生徒達からの信頼も厚かったように感じたのを覚えています。
私は先生を見習って、先生の様な素敵な人になろうと心に決めました。どんな時もみんなに優しく、ブレない正義感を持って生きられるように。だから、成人を迎えるまでに、あらゆる努力をしてきました。
だけど、私は先生のようにはなれませんでした。親身になる人を選んでしまうし、ちっぽけな正義感を振りかざして、いたずらに人を傷付ける事もありました。
「こんなはずじゃなかったのに。どうして先生のようになれないんだろう?」
そう自分を責めて眠れない夜もありました。
いたずらに時間は流れ、いつの間にか成人を迎えていました。
「今まで何をしていたんだろう?」
理想とは違う大人になった自分に、戸惑う日々が続きました。
だけどその頃、同窓会の誘いがあって、それが私の転機になりました。
私は先生に会えるかもしれないと、期待を込めて出席しました。しかし、残念ながら先生はいらっしゃらず、酷く落胆しました。でも折角の同窓会だったので、気を取り直して、同級生と話をしようと思ったんです。
それで、旧友達と楽しく話をして、ほどよくお酒も回って来た時の事です。同窓会という事で、気分が高揚していたんでしょうね。気が付けば、子供の頃は一切話さなかった人にも話しかけていました。確かその人は子供の頃、クラス会議にまで掛けられるような、いじめっ子だったんです。見た目にも気を使わない粗暴な子でした。でも、その人は見違えるほど綺麗で、物腰の柔らかな女性に成長していました。お互いに今の生活の事だとかを話したりして、暫くの間楽しい時間を過ごしました。
だけど、私が発した一言が原因で、彼女は突然豹変しました。
「先生、今日は来なかったんだね」
私がそう言うと、彼女は口元に深く笑みを刻んだんです。
「本当、来なくてよかった」
私は思わず首を傾げ、なんでそんな言い方をするのか、彼女に聞きました。なぜなら、まるで先生に会いたくなかったというように聞こえたからです。
彼女は顔をしかめました。
「あの人には、酷くいじめられたから」
堰を切ったように、彼女は過去に行われた先生の悪行を暴露しました。
彼女が話しかけても先生は無視をした。運悪く他の子にぶつかって泣かせてしまったとき、先生はクラス会議を開いて彼女をいじめっ子に仕立て上げた。家が貧しいせいで小汚い恰好をしていた彼女を、先生はいつも馬鹿にしていた。
先生は、気に入った生徒には肩入れして、気に入らない生徒はとことん排除する怖い人だと、彼女は力強く訴えました。
話すにつれて、彼女はどんどん声を荒らげていきました。その呪いにも似た恨み言に、私は酷く圧倒され、打ちのめされてしまいました。
子供の頃は気が付かなかったけど、私にとっての素敵な先生は、彼女にとっては最悪の大人だったみたいです。私自身、先生のそのあまりにも激しい表裏には、恐怖の念を覚えました。それなのに、彼女が恨みを吐き出す間、場違いと知りつつもどこか深く安堵している自分がいました。
(ああ、よかった。先生も汚い人間だった。素敵な大人なんて、所詮は子供の幻想に過ぎなかったんだ)
でも、今でも先生は私の先生に変わりないと思います。だけど昔と違って、その意味合いは大きく変わったように思います。
「さようなら、素敵な先生。こんにちは、反面教師の先生」
同窓会の後、私はそう無意識に呟いていたのですから。
素敵だった先生 木の傘 @nihatiroku
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