第8話 桜並木の下で


 ある日の夕方。


「お父さん。息がね、苦しくなってきたな」

「凛……」


 私の寿命が尽きようとしていた。


「私、今日死ぬのかな。自分の死期は自分には何となくわかるって聞いたことがあるけど、あれって本当なんだね」


 何となくだけど、もう私は明日の光を見ることができないことが、今日朝起きた時に感じた。


 そっか。私、死ぬんだ—————。


 ずっと分かりきっていたこと。ずっと覚悟をしてきたこと。


 なのに、死ぬことが嫌だ。まだこの世にいたい。優の隣に並んで歩きたい。何もなく平和に、幸せに生きていたい—————


そんなどうしようもない願いが今になって溢れてくる。


「お父さん、優に会いたいな」

「わかった!すぐ呼ぶ!」


 お父さんは携帯を耳に当てながら病室を出ていく。


 多分これで最後だろうな。願い事。


「優君、呼んだぞ!すぐに来るって!」

「ありがとう。院長さん、病院では静かにだよ。落ち着いて」

「落ち着いてられるか!」


 私、愛されてるな。

場違いだろうけどそう思った。


 だってお父さんや看護師さんたちが、泣きそうになりながらもそばにいてくれるんだもの。


「お父さん、焦ったって何も変わらないでしょ」

「それはそうだが……」


 そう話している時に看護師さんが声を上げた。


「院長!血圧が規定値を下回ったままです!このままじゃ……」

「わかっておる」


 その時、廊下から走っている足音が聞こえた。

お父さんが病室の外に出て行く。



「夕さん!凛は!」

「中へ!」


 病室の中に優が入ってくる。

その時、隣にいる看護師さんが叫んだ。


「院長!もう持ちません!」

「そうか……優くん、そばに行ってあげて」

「はい」


 お父さんにうながされるまま、優の隣に来て私の手を握ってくれる。

優の手は暖かいな。いや、私が冷たいのかな。


「凛……」

「優……来てくれてありがとう」

「あぁ」


 優は当たり前だ、と言いたげな顔で私を見る。


「優、今までありがとね。いろんな所に行って、みんなと話して、最後にたくさんの思い出ができて……とっても楽しかった」

「ううん。僕も凛がいたから楽しかったよ」

「ふふっ、ありがと。本当は来年も優と桜並木の下を歩きたかったんだけどな。こうやって手を繋いで」


 優の目からこぼれた涙が私の頬に落ちる


「何泣いてるのよ」

「だって、凛が……凛が!」

「大丈夫。とっておきのおまじないがあるから」


 今考えただけだけど良いおまじないだと思う。


「またねって言えばさ……来世で会えるかもでしょ?」

「そうかも……しれないね。会えるかも……しれないね」


 もっと優に触れていたいのに体に力が入らなくなっていく。


「うん。それじゃあ最後に……お父さん……今までありがとう。お願いをたくさん聞いてくれた事も……優をここに連れて来てくれたことも。もう、夜中に……一人で泣いてちゃ……だめだよ?」

「あぁ。もちろんだ……」

「優も、一緒に笑って……元気をくれて……思い出をくれて……ありがとう……。ずっと……ずっと、待ってるからね。ゆっくり……来るんだよ?」

「うん……」


 だんだん寒くなってきたや。


「もう時間……ない…みたい……。また……ね?」

「あぁ、またな……」

「うん、またね……」


 そう言って静かに私は願い事をしながら目を閉じる。



———お父さんに温かみを与えてくれる人ができますように———


———今まで会った人達が元気に生きれますように———






———来世では優と桜並木の下を歩めますように———






 この日、私はお母さんの元へと旅に出た。




『桜並木の下で』


    終わり






——.——.——.——.——


ご精読ありがとうございました!

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 男の子目線バージョンです。よければどうぞ!

 『またね』と言う名のおまじない↓

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桜並木の下で 星光かける @kakeru_0512

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