最終話 アルス、全てに感謝、そして逝く
「あれぇ〜? 君、もうそんなにヨボヨボになっちゃったの? 寝たきりみたいだし、これじゃあ遊べないなぁ」
暖かな日差しの中で、精霊が空を舞っているのを感じる。
既に目が見えなくなって二十年は経ったか。
魔法を酷使し、光の喪失だけで済んだのはサイ一族の肉体あってのものか。
「
「私と出会ったことが……あるのか……」
久しぶりに声を出すと、掠れて上手く言葉が出てこない。
神精界とは、何年ぶりに聞いただろうか。
記憶が消えたといういう事実以外、アイネスからも何も聞かされなかった。
「神精界じゃ魔法なしで、僕の遊び相手ができるくらい凄かったからね」
「そうか……私と戦ったことがあるのか。それなら、少し離れたところにまだ幼いが、私の玄孫がいる。名をエリス・ロンドブロ。全盛期の私か……それ以上の才能に溢れる子だ」
「それは面白そうだね。そっちのほうが期待できるし、ちょっと探してくるかな」
精霊は空高く舞い上がると、数瞬で魔力感知から消え去る。
「行ってしまいましたね」
「ああ……エリスならいい相手になるだろう」
フィーエルが右手を握ってくる。
光を失ってから大きくなった彼女の手には、もうあの頃のような弱々しさはない。
「そうですね。アイネスも、最近はエリスさまのお相手をしていますし、大丈夫かと思います」
セレティアが亡くなったのは、十七歳の誕生日から十五年後の冬だった。
アイネスが言うには、二人の子を産み、十五年も生きられたのは奇跡に近かったらしい。
血契呪は子が生まれ、気がついた時には消えていた。
「体は大丈夫ですか?」
「ああ……悪くはないよ」
結婚後も、セレティアが亡くなったあとも、フィーエルは変わることなく私に寄り添い続けてくれている。
血契呪が消え去った当時、セレティアにしつこく解呪できた理由を迫ったが、セレティアはただ笑ってはぐらかすだけだった。
きっと解呪法も、こうなることもわかっていたんだろう。
解放されてわかったことだが、この解呪法によって、一族を縛っていた血契呪も全て解呪に至ったということだ。
血契呪はその昔、サイ一族がロンドブロ家に助けられたことで、自ら忠誠の意味を込めて結んだというのは意外だった。
一族は自由になったことで半分は世界へ散らばったが、残りはそのままロンドブロ家に家臣として仕えることになった。
半分もの者がそのまま仕えることになった一番の理由は、一族の長であるデルクがそのままロンドブロ家に仕え続けたことが要因だろう。
「先日、最後の錬金人形も寿命を全うしたようです」
「……そうか、よかった……」
これで当時を知る者は、自分以外ではフィーエルを含めたエルフと、アイネスだけになってしまった。
ネイヤとベネトナシュは独身を貫き、その生涯をユーレシア王国のために捧げてくれた。
それ以外の者たちは全員子を産んで一線から退き、今ではその孫、ひ孫たちが中心となって戦士団をまとめてくれている。
ユーレシア王国は、長年、教会から監視され続けてきたが、これで晴れて解放されることだろう。
錬金魔法は引き続きエルフが管理することで話がついているため、何も心配することはない。
元凶となった記憶を移す転生魔法は、現在の形では禁忌に触れることはなく、血契呪を利用した死者蘇生魔法ですらグレーというのがアイネスを含めた精霊たちの判断だった。
この判断によって、このまま研究を続けてもよかったが、結局この二つは魔法書に記す形で、誰の目にも触れることがない、ユーレシア王国の地下深くに保管することにした。
誰かがこの魔法を必要とし、見つけて進化させてくれるならよし、そうでないなら、このまま忘れ去られたほうがきっといい。
もう誰も不幸にならない世界を望むだけだ。
「長かったですね」
今日は普段よりフィーエルの声がよく聞こえる。
私が光を失ったあと、エルフ特有の成長を遂げたフィーエルの声は、落ち着きのある大人の女性のものへと変わった。
ある時期に特徴的な成長を遂げるエルフは、人間のような成長曲線は描かない。
それを目にすることができなかったのは残念でならない。
「本当に長かった……フィーエルにも、随分苦労をかけたな……」
「私は苦労だなんて思ってませんよ」
フィーエルは握った私の手を、自分の頬へと当てる。
手のひらから得られる情報だけでも、私が知っているフィーエルとは違い、大人の女性へと変貌していることがよくわかる。
自分のような老いぼれの側にいていい存在ではないことだけは確かだ。
「私はただ、自分がしたいことをしているだけ、夢は叶っているんですから」
「……夢?」
「内緒です」とフィーエルが楽しそうに言う。
過去にフィーエルが夢を語ったことはない、と思う。
遠い記憶を失い始めているため、ただ覚えていないだけなのか、聞いたことがないのか、本当のところはよくわからない。
それでも、フィーエルが本当に夢を叶えてくれているのなら、これ以上喜ばしいことはない。
長年仕えてくれているフィーエルが今を楽しみ、生き生きとしてくれていることが何よりも嬉しい。
「ありがとう……フィーエル」
「急にどうなさったのですか?」
「今日は、昔のことが……よく思い出されてな……」
フィーエルの握っている手が震えているのがわかる。
暫くすると徐々に震えが収まってきたが、反比例するように握ってくる力が強くなった。
「風の精霊がやってきたり、色々ありましたからね。よい刺激になったのでしょう」
「そうだな……久しぶりに喋って疲れたよ……。少し眠らせてもらおうかな……おやすみ、フィーエル」
握っていた手から力が抜けていき、聞こえていたはずの音が遠のく。
さっきまで走馬灯のように蘇っていた思い出も、それに合わせるように少しずつ消えてゆくようだ。
フィーエルがいてくれたからこそ、ここまで悔いのない、充実した人生が送れたのは間違いない。
残された最後の力で、フィーエルの手を握り返した。
「お疲れ様でした――――おやすみなさい、アルスさま――――」
【web完全版】奴隷転生 ~その奴隷、最強の元王子につき~ カラユミ @karayumi
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