後編

   

『遅いぞ、UMA。13分の遅刻だぞ』

『そうだよ、みんな待ってたんだよ』

 祐馬ゆうま――ゲームの中ではUMAという名前――がログインすると、既に仲間たちは勢揃いしていた。

「ごめん、ごめん。急いで帰ろうと走ってたら、ブラジャーが落ちてきてさ」

 言い訳ではなく、軽い雑談のつもりだった。漫画やアニメみたいな珍しい体験をしたぞ、と自慢したかったのだ。

 ところが……。

『ああ、よくあるよね』

『もしかしてUMA、初めてだった? 初めてだと、ちょっとパニックかも』

 仲間たちの反応は、祐馬の予想とは異なっていた。

 少し驚いたけれど、すぐに理解する。おそらく性別の違いが原因だろう、と。

 みんなゲーム内では妖精になりきっている。今まで確認したことなかったが、プレイヤー本人は――少なくとも祐馬の仲間たちは――女性ばかりのようだ。

 そのせいで「自分の目の前に落ちてきた」という話を聞いても「自分が落とした」という経験を思い出してしまい、珍しい出来事とは感じられないらしい。


『大きいブラだと落ちやすいよね』

『うん、うん。だから気をつけないと』

 完全に女同士の会話になっている。

 男の祐馬の感覚としては、いくら大きなブラジャーだとしても、しょせんは下着。普通の衣類よりは布面積も小さいし、その分だけ軽いと思っていたのだが……。

 もしかするとブラジャーは、ワイヤーやホックなどに金属が使われたり、頑丈な造りだったりするせいで、案外重量があるのかもしれない。


「ああ、そうか。そういえばそうだね。じゃあ今後は僕も注意するよ」

 祐馬はUMAとして一人称「僕」を使っているけれど、それでも女性だと誤解されていたらしい。今さら訂正するのも面倒なので話を合わせておこう、と思ったのだが……。

 この時、祐馬は全く理解していなかった。

 仲間たちの言う「ブラジャーが落ちる」は「洗濯して干していたブラジャーが落ちる」ではなく「胸に装着しているブラジャーがずり落ちる」の意味であることを。

 だから「大きいブラだと落ちやすい」も「適切なサイズより大きいとずり落ちやすい」の意味であり「見栄を張らずに正しいサイズのブラを買うように」というアドバイスだったことを。




(「目の前にブラジャーが落ちてきた」完)

   

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目の前にブラジャーが落ちてきた 烏川 ハル @haru_karasugawa

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