目の前にブラジャーが落ちてきた

烏川 ハル

前編

   

 最寄駅の改札を出ると、すっかり暗くなっていた。

「ほんの1ヶ月くらい前までは、今くらいの時間でもまだ明るかったのに……。もう夏も終わりだな」

 小声で独り言を呟きながら、祐馬ゆうまは家路を急ぐ。

 ひとり暮らしだから帰っても誰もいないが、オンラインゲーム『妖精パラディース』にログインすれば、仲間たちが待っている。今日は8時半の約束なので、それまでに食事も済ませておく必要があるのだが……。


 駅からアパートまでのちょうど中間地点。住宅街に差し掛かる辺りで、事件は起きた。

 目の前をフワリと、白いものが横切ったのだ。

「えっ?」

 一瞬ドキッとしたが、もちろん幽霊ではない。レジ袋のたぐいでもなさそうだ。

 ならば一体何なのか。足元に落ちたそれを拾ってみると……。

「あっ!」

 別の意味でドキッとしてしまう。

 真っ白なブラジャーだったのだ。


 祐馬は慌てて周囲を見回すが、近くに通行人の姿はなかった。

 まずは一安心だ。今の自分は、夜の道端でブラジャーを握りしめた状態。はたから見れば完全に変質者であり、通報されてもおかしくないのだから。

 少し冷静になってから、視線を上に向ける。洗濯物が落ちてきたに違いない、と想像したのだ。

「ああ、やっぱり……」

 右手のアパートの二階の一室だった。女性物っぽい衣服が干してあり、そのかたわらには、祐馬と同年代の若い女性が立っている。室内から漏れる明かりにより、彼女の顔が赤くなっているのも見て取れた。

 恥ずかしさのあまり、黙ったまま硬直しているようだ。

「あの……。これ、どうしましょう?」

「すいません、今取りに行きます!」

 祐馬の方から声をかけると、彼女は動き出してくれた。

 アパートから飛び出してくるまで、実際には2、3分だったはず。しかしブラジャーを手にして待つ祐馬には、それが10分にも20分にも感じられた。

   

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