あとがき


 長い話を、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


 えっ? 冒頭部分は読んでいない?


 お願いです、くるみの人、蘇比そび色の衣、これを読まずに、この物語から離れていってしまわないで下さい。


 たしかに長い。

 性描写チェック有りのラブロマンスを読もうと、この物語に入ってきたら、ラブはまだ芽で、性描写はどこ吹く風、可哀想な母親と、泣き続け嘆き続ける少女。

 読んでて暗い。

 疲れる。

 申し訳ない。


 でも、むしろ、蘇比そび色の衣は足りなくて、書き足しているんです。


 古志加こじか三虎みとら土師器はじきを投げつけられ、一人、卯団うのだんの畑で泣いている場面を書こうとしていると、古流波こるはが夜、卯団の畑で泣いている姿が見えました。

 それはいつ?

 三虎が奈良へ行くと知って、耐えられなくなって泣いた夜です。


 福成売ふくなりめがいよいよ昇天する場面を書こうとしていると、子供の気持ちをわかって、ひどい父親のもとでも、「笑って。」と精一杯の愛で包んでくれていた母親の姿が。


 衛士舎の寝ワラで悪夢を見た古流波が、三虎の名を呼んで涙を流した夢、……だいたいは想像がつくけど、そういえば紐解いて皆様にお見せしていなかったな……。

 と夢を紐解いたら、伎楽ぎがくで泣き、三虎と自分の身分の差をまざまざと実感し、悲しく泣く古流波の姿が見えました。


 途中で差し込むか?

 嫌です。

 この古流波の頃の記憶は、古志加と三虎の間に、最初からずっとあって、二人の間を流れ続けているもの。

 そうであるはずだからです。


 三虎はずっと、どれだけ古志加が傷ついてるか分かって、古志加を案じ、見つめています。

 だから古志加の明るい笑顔を大切に思うのです。


 くるみの人のエピソード全てがあるから、古志加は三虎だけを愛し、三虎に何を言われようと、どんなにすげなくされようと、三虎に恋することを止めることさえできません。


 また、母親のエピソードに不足があってはいけません。

 なぜ古志加があれだけ明るく、強く、剣を持つと生命の炎をかきたて輝くことができるのか。

 母親が一心に愛を注いでくれたからです。


 また、ぬばたまの闇で、なぜあんなに気がふれかけ、生きるより、死んで母親に会いたくなったのか。

 蘇比色の衣を抜かしては、心にストンと落ちてきません。


 むしろ、母親とのエピソードは、コンパクトにまとめたつもりです。


 蘇比色の衣以降は、もう母親とのエピソードはほとんど出てきません。

 もう充分に皆様のなかで、母親の愛がおわかりいただけてるもの、という前提で書いています。

 やはり、母親とのエピソードは、辛い過去に、ぐいっと話を引いてしまうので……。

 物語のスピード感を落としたくありません。


 ささ、ここまで読んで、冒頭をすっとばしてた読者さま、今すぐそのすっとばしたところを読んでみてはいかがでしょう?

 そしてこのあとがきへ……。

 いいえ、戻らず、是非、そのまま始めから時間の許すまま読み直すか、気に入ったエピソードだけでも、読み直していただければ、と思います。


 きっと、物語の芳醇さが違うはずです。




 さて、茜色の衣で、三虎に今まで何を言われてもへこたれなかった、むしろ、少しでも話しができて、きゃーきゃーしてた古志加が、何故あんなにへこんだのか。

 あれは、もう古志加は、夜忍んで行くか、歌垣の歌をうたう、と決めていたからです。

 その為には、女に見てもらわなくては話しになりません。

 自信が無いながらも、自分の中の女らしさを一生懸命かきたてよう、と頑張っていたところで、その自信を罵詈雑言ばりぞうごんでさんざんに打ち砕かれたからです。


「三虎を心から恋うてる。」


 と、


「あたしは女らしい。」


 は、古志加のなかでは、別のベクトルです。

 まわりの女は全て、美しく、女らしい女ばかりに囲まれ、三虎の吾妹子あぎもこ莫津左売なづさめなどは、華奢きゃしゃな、男が守ってあげたくなるような女代表です。

 古志加の逞しい筋肉美、強い女性の美しさは、他に手本がいません。

 まわりの女と違いすぎるので、自分の女らしさを自分で見つけ出すことができないのです。


 さて、著者の、こんなの良いなぁ! で、さんざん夢で身体を開かされた古志加ですが、(あたしはそんな古志加ももちろん好きです。ありがとう。)


 実際では、


 ◎難隠人ななひとに胸や尻を触られる。

 →とっちめる。


 ◎桑麻呂くわまろにセクハラ。

 →顎を外す。


 ◎布多未ふたみに裸を見られ、なんかちょっとスケベ。

 →頬ビタ──ン。


 ◎阿古麻呂あこまろに強引に口づけ。

 →腹を棒で強打の上、頬ビタ──ン。


 と、黙ってはいません。

 古志加は三虎のもの。

 三虎へ一直線です。

 でも三虎があんまり酷いので、肩を噛んでやりました。

 ガブリ。






 あらたまの、とは何だったのでしょうか。

 年にかかる掛詞で、年があらたまる、にかけてるんだと思います。


 未玉あらたま、とも書きまして、それはまだ磨かれていない宝石の原石をさします。


 なかなか成就しない古志加の恋そのもの。

 女として上手に自分を開花できない、古志加そのものです。


 その未玉あらたまは、磨かれ、さ寝の果てに光る涙となりました。


 著者は、皆様に、この光る涙をお見せしたい、きっと最初から最後まで読んでいただければ、まるで自分の心のもののように、まざまざと光る涙が見えた、そう思っていただきたいと願っております。




 この物語の風俗は、架空のものです。

 かなり想像をきかせています。

 年齢が、今から考えると早婚良いところですが、この時代を考えると、避けては通れません。

 現代より栄養状態も悪く、おそらく、奈良時代の二十歳は、今の三十歳……、いや、もっと上、三十五歳とかと変わらない感覚であろうと、思っていただけると有り難いです。

 私自身は、女は何歳でも美しいと思っております! はい!



 この物語は、サイドストーリーとして、莫津左売なづさめの物語もございます。

●「三虎、吾が夫 〜遊行女の恋〜」


https://kakuyomu.jp/works/16817330653223472200


 こちらはコンパクトで読みやすいので、ぜひご一読を!




●「花麻呂、立つ虹の」


https://kakuyomu.jp/works/16817330654869218272


 妻の名前は伏せてありますので、どちらかというと、「三虎、吾が夫」をご覧いただいた後に、フラッと訪れていただきたい短編です。



●「悩ましけ 〜伊奴の煩悩〜」


https://kakuyomu.jp/works/16817330655453123571


 人妻への煩悩です。(笑)



●「うらふく風の 〜母刀自、福成売〜」


https://kakuyomu.jp/works/16817330655408028560


 必ず本編読了後に読んでいただきたい、母刀自の物語です。母刀自の想いが感動を呼ぶ……、が、なぜか三虎がでしゃばってきます。いやはや。




●「いはゐつら 〜女官・福益売〜」


https://kakuyomu.jp/works/16817330657025571745


 福益売の幸せな恋物語です。

 福益売から見た古志加もお楽しみいただけます。




● 「蘭契ニ光ヲ和グ 〜らんけいにヒカリをやはらぐ〜」


https://kakuyomu.jp/works/16817330656106103583


 大川の前日譚。

 前半は、ちび大川と三虎が可愛いです。

 後半は奈良時代のあーんなのや、こーんなの(言い方ざっくりや!)が入ってきます。

 決して、爽やかなだけの物語ではありません。

 大川に何があったのか、知ってください。





──────────────

・莫津左売ルートは、「三虎、吾が夫」→「花麻呂、立つ虹の」

・母刀自ルートは、「悩ましけ」→「うらふく風の」

・友人、福益売は「いはゐつら」


とお進みくださいませ。

──────────────



 最後に宣伝ですが、ギフトをくださった方には、


 ◎花麻呂と莫津左売を書いた「れ恋ひめやも」


 ◎阿古麻呂と甘糟売を書いた「布雲にのくも


 ◎山吹の衣を選ぶ三虎の「春にふふまる」


 をご用意してあります。

 この三つは、「性描写チェックは無し」の物語です。えへへ……。

 どれも珠玉の、お気に入りの物語です。

 あと語りすぎの各章執筆時のエピソードもあります。著者がドリ───ム! と叫んでますので、気になった方は是非。

「初めての方へ読み方ガイド」の第二話に、限定ノートの目次があります。

https://kakuyomu.jp/works/16817330657780281617


 ここまでお付き合い、ありがとうございました。





 ◎参考文献


 ○仏典Ⅱ 世界古典文学全集7   筑摩書房


 ○万葉仮名で読む万葉集   石川九楊  岩波書店


 ○古代歌謡集  日本古典文学大系  岩波書店


 ○万葉集     岩波書店


 ○日本の伝統色  和の色を愛でる会   大和書房


 ○木簡 古代からの頼り   奈良文化財研究所   岩波書店

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