第5話
古ぼけたトランクには、しわだらけのお札が詰め込まれていました。
「そういうことでしたか」
私が申すと、
「そういうことなのよ」
紳士の扮装を解いて、もとの職業婦人姿の摩耶お嬢様です。
「鷹野丸邸のそばではなく、少し離れた所に人力車や自動車が時々停まるのに、あなた、気づいて?」
「はあ」
「人目を避けるつもりが、こう数が多くてはかえって目につくというものよ」
それをあやしんだお嬢様、紳士の扮装で人の伝手を頼り、なんとか秘密賭博場へ乗り込むことができたというのです。
「近所なのに、骨が折れたわ」
こうした場合に必要だと思われる、強力な紹介状等々もなく潜り込めたのは、なぜでしょう。
「あら、簡単よ。賭博愛好の、お金離れのいいカモが来た、と思わせればいいのよ」
「それでこんな荒稼ぎをしては、まったく詐欺ですね」
「それは、お集まりのみなさんがお弱かったからよ」
そういえば私も、お嬢様からトランプの勝ちを取れたことは、そうそうございません。
「あたくしとお金目当てのお見合いを、なんて陰口をされていたのは、あの秘密賭博場をみなさんご覧になっていらっしゃらないからね。鷹野丸家の一点豪華主義が、あの賭博場でしたわ」
まるで一流の客船にある賭博場に迷いこんだのかと思われるような天鵞絨とシャンデリア、バアのカウンターには洋酒が並び、それはもう。
「こんな近所にねえ?」
けれど、勇人様はお嬢様の幼なじみではないそうなのです。数年前に訳あって空き家となっていた鷹野丸邸に、遠縁だということで参ったのが、今、お住まいのご家族ということでした。
さて、その日夕刊を賑わせたのは、名門華族T**家の屋敷地下に、一大秘密賭博場が見つかった、その事件です。
「〈勝ちとった大金を持って姿をくらました謎の紳士〉」
なんということでしょう。世間の耳目を集めてしまいました。
しかし、賭博に勝ってのお金ですから、警察の踏み込む前になんという幸運かと、論調はそのようなものです。
「お嬢様、どうされますのです? このお金」
「さあ?」
お嬢様は、もう興味を失われたようなのでした。
「ヨネや、好きになさいな」
「そんな」
こんな大金に困ることなど、考えたこともありません。お困りの方に差し上げるにしても、失礼なくお渡しするには才覚が入り用です。
「ヨネがいれば、あたくし安心して冒険ができるのですからね。探偵二人を相手に、よく上手に口裏を合わせてくれました」
「お嬢様あ……」
こちらはもう、冷や冷やです。
どうして後始末まで私なんでしょう。
「あ。妙案を思い付きました」
「なあに、ヨネ」
「好敵手、錦城探偵にご相談しましょう!」
「えっ、そ、そんな、駄目よ!」
なぜか、頬を赤らめるのです。
「いいえ、このたびのご活躍、お誉めいただけるかもしれませんよ! それに、ご相談するのはあくまで私ですから!」
戸口で揉み合いになりながら。私と摩耶お嬢様は、いつもこうなのでございます。
オペレッタ・〈モンテクリスト〉 倉沢トモエ @kisaragi_01
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