第4話
「なんのことでしょう」
お嬢様は、負けてはおられないのです。
「今朝。警察からの要請で錦城君と小早川君は、鷹野丸邸へ急ぎました」
「水鳥川様は?」
「寝ておりました!」
水鳥川様は、放っておいたほうがよろしいようです。
「錦城君が、お姿に気付きご挨拶したところ、摩耶様はなぜか頬を赤らめて」
「人違いですわ」
「なぜか頬を、」
「それは他所のお嬢様ですわ」
見かねて私も割り込みます。どうして二度も申すのです。
「しおらしく頬を赤らめるなど、摩耶お嬢様とは思えません」
「左様ですか。残念ながらその時、わたくし小早川探偵は警部と話をしていまして居合わせなかったのです。あとで錦城君、そのいつもと違う様子が気にかかるとね。それでこうしてお訪ねすることになったんですがねえ」
錦城様の勘でしたか。
それがいくつの事件を解決に導いたか、存ぜぬ我々ではないのですが……
「錦城様もあんまりですわ。他所のお嬢様とあたくしを間違えるなんて」
「ほう」
そうきましたか。
水鳥川探偵、小早川探偵、この私もおそらく同じ胸の内でした。
そうきましたか。お嬢様。
「そうですわ。お間違えなんて」
従者はそれにも従います。
「その上淑女に、犯罪現場にいたとのお疑い、あんまりですわ」
「これはこれは、」
水鳥川探偵、そこで小早川探偵を制して申しました。
「淑女に恥をかかせたともなれば、紳士揃いが売りものの我が探偵事務所の名折れ。小早川君、一旦出直しますよ」
「失敬」
やれやれ、静かになりました。
「ヨネや」
お嬢様も、いささかくたびれたご様子。
「お茶を入れ直してちょうだい」
「かしこまりました」
「あなたのように、優れた鼻をお持ちの方が入れるお茶は、やはり香りが違う気がするのよ」
どういたしまして。
「私の鼻なんぞをお誉めにあずかり、恐縮でございますが、お嬢様、鼻のお話のついでに」
「何かしら」
「先ほど〈モンテクリスト〉の香りで思い出しました」
「まあ」
私はかまわず続けました。
「近頃、この香りによく出会う場所が、お屋敷内にあったような気がするのです」
「ふしぎね」
お嬢様は窓の外をご覧になられます。
「家で喫煙のご趣味があるのはお父様。でも、パイプ派でいらっしゃるわ」
「まことにふしぎでございます」
私はまっすぐにお嬢様の寝室の扉を指します。
「その香り。思い出しました」
お嬢様の、クローゼットです。
「あたくしの?」
「はい」
「ふしぎね」
「ふしぎでございます」
そのまま調理場へ行き、お湯を沸かしました。
「一、二、三、四、」
茶葉がひらくまで数を数えます。
「おや、ヨネさん」
調理場で、昼食の支度が始まります。
「今日は鶏のレバペーストに、テリーヌだよ」
「お伝えします」
「俺たちは焼き飯だけどな。でも俺が作るんだからうまいぜ。ところで何だい、さっきのにまにました野郎どもは」
料理長の三郎さんに、あれが有名な名探偵ふたりだと伝えると、
「へっ! あれがかい!」
実に豪快に笑いながら、ナイフを研ぎますので少し怖かったです。
「お待たせいたしました」
お茶を持ち、お部屋へ戻りましたら。
「ヨネ。ご苦労様」
そこにはお嬢様はおらず、ハバナ巻き片手の小柄な紳士が足を組んでソファにお掛けでした。
「……そういうことでしたか」
「そういうこと」
私に隠れて外出なさったのも。
賭博場の謎の紳士の証拠品をお持ちだったのも。
鷹野丸邸の付近をお散歩されていたのも。
私はとりあえず落ち着き払って申しました。
「昼食は鶏のレバペーストとテリーヌです」
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