第3話
「まあ」
お嬢様も、手を口に当てなどしておりますが、元が落ち着き払っていらっしゃいますので、いまひとつ驚きの具合が見えにくい。
「そんなものが、近所にあったなんて、おそろしい。警察が踏み込むような賭博場なんて」
「そうです。胴元は鷹野丸家、しかもあの勇人氏ですからね。どれだけの名家の紳士淑女が身ぐるみはがされ、家をつぶされたやら」
貴公子が賭場の元締だなんて。
そんな方との縁談、お断りしてよかったですね。
「ヨネや。あたくし申したでしょう。あのいちいち癇に触る勇人様が、右往左往慌てふためく様子を見たら、きっと小気味がいいだろう、って」
はいはい、おっしゃっていましたね。
どうも勇人様はお見合い後のお嬢様によれば、まるで貴公子という評判は表向き、面の皮一枚だけのことだったということです。
お会いして半時もしないうちに、あれこれ暮らし向きや財産を値踏みしていることが言葉の端々からにじみ出て、癇に障ると。
そこにこのたびの捕り物です。
「おや。ご縁談の噂は伺っておりましたが……では、今、よほど愉快なのですね?」
「ふふ」
「では、そのついでにぜひ証拠の品を」
「お待ちになって」
お嬢様、笑顔から元のお顔に戻られました。
「あたくしがなぜ証拠の品を持っている、と、お考えですの? そもそも、どうして葉巻が証拠なんですの?」
それは、私も興味深く思います。
「は、は、は」
水鳥川探偵はまた笑います。
「仕方ありません。お話にお付き合いいたしましょう。小早川君」
「摩耶さん」
小早川探偵、また話したそうにしていました。
「賭博場での捕り物のあとで、警察は胴元の金庫をあらためたのです。すると、また面白いことがあったんですよ」
「まあ」
お伺いしましょう。
「なんと、半分もなかったんです! 百円札がちらほらあるだけでしてね」
「まあ」
胴元はつまりは金貸しですから、そんなはずありません。どこへ隠したのでしょうか。
「勇人氏の申し開きがふるっていた。『昨晩ひとり勝ちしたハバナ巻きの紳士が、あらかた持って消えてしまった。吸殻ならあるはずだ』、そんなことあるもんでしょうかね。もちろん吸殻なぞ出てこないのです」
なるほど。ハバナ巻きの吸殻はその賭博紳士がいた証拠というわけですか。
「ひとり勝ちした痛快な賭博紳士にも興味がありますが、勇人氏が言い訳でこしらえたでたらめの人物像である可能性もある。となればますますお調べが厳しくなるばかりで、当方としてはまあ、どちらでもいいんですがね」
「そうですね。その紳士の件は、痛快に思いますけれども。……まだ、あたくしがその吸殻を持っているという決め手の話にはなりませんわね」
「ところが、我らの錦城君です」
余裕を見せていたお嬢様のお顔がまた真顔になりました。
「今朝ほどお屋敷の前で、錦城君が摩耶様にご挨拶したと、そういうことで聞いておりましたが」
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