第2話
水鳥川様と小早川様。
近頃評判の、名探偵
「ご用件はなにかしら」
「ええ、小早川様には先日お世話になりましたから、わたくしはいつでも歓迎なんでございますけれども、水鳥川様ときましたら、ただただにこにことされて、ご用があるのです、と。それきり何も申さないんでございますよ」
名探偵を名乗るのであれば、もっとおマサさんにも怪しまれぬ行動をとっていただきたいものです。こんなに怪訝そうなおマサさんは見たことがありません。
「この部屋までお通しして頂戴」
「かしこまりました」
「ヨネや。こちらを下げて、あらためてお茶を」
さて。
「ヨネ」
「はい」
「あたくし、何も存じ上げませんよ」
「はあ」
「朝の散歩になんて、あたくし出ていませんからね」
何を含み置かれるのかと思えば。
そもそも今朝のお嬢様、無断でお出かけでしたから、よその方に訊ねられても、私は不承知であったほか何とも申せません。
なるほど、そのような手でしたか。
「どうぞ」
帽子を手にした二人の探偵が、おマサさんに導かれて参りました。
「ご機嫌よう、摩耶様」
恰幅のよい水鳥川探偵は快活にご挨拶されました。
「ごきげんよう」
お嬢様は眉ひとつ動かさず、堂々としております。
「本日も
「残念ながら」
小早川探偵が気取って申します。
「私どもではご不満とは承知しておりますが、用件もランデブーではありませんので、そこはお許しください」
どうしていつも、余計なことをおっしゃるんでしょう。
「その、錦城君なのですよ。この件はぜひとも摩耶様をお訪ねするべきだと」
ほら。思った通りです。
この水鳥川探偵が名探偵なのは、決して表にはお出にならない錦城探偵の慎み深い陰働きのため。いつもそれだけなのです。
「錦城様が。あたくしを。そうおっしゃられましたか」
お嬢様も、そこで少し観念されたような色を見せましたが、それはすぐに隠されました。
「さて、不躾ながら申し上げます」
水鳥川探偵が切り出しました。
「摩耶さん」
「今朝、いや、昨晩の事件の証拠の品である、葉巻をお返しください」
「なんのことかしら」
間髪入れずお嬢様はおっしゃったのです。
「なんのことかしら」
しかも、二度も。
「ふふふ」
水鳥川探偵は笑います。
「ヨネくん、どうしたものかねえ。君はおそらく、彼女が昨晩と今朝、鷹野丸氏の屋敷あたりにいらしたことを聞かされていないだろう」
さすがです。
と、申しますか、昨晩についてはそんなことだろうとは思っておりましたものの、初耳なのですが。しかし動じてはなりません。
「なんのことでしょうか」
従者としてここは、主人に合わせるしかありません。そして、とぼけついてにお訊ねしましょう。
「今朝ほど、鷹野丸様のお屋敷方面が騒がしかったのは存じておりましたが、何があったのです? 警察のお車もお見かけはしましたが」
「ああ。この通り我々にもお声がかかったのですが」
小早川探偵が気取ったまま申します。
「蓋を開けてみれば、〈勘違いの通報〉でしたよ」
「では、なぜ〈証拠の品〉など出てくるのです?」
先ほどの〈モンテクリスト〉。
鷹野丸家のご邸宅に、なぜハバナ巻きの吸殻などがあって、それがなにがしかの証拠の品であり、なおかつ勘違いの通報とは。
「そこですよ」
水鳥川探偵はまたにやり、と笑います。
「〈勘違い〉、と言うのは名門鷹野丸家への武士の情け。新聞屋もかぎつけていますから、明日には騒ぎになるでしょう。実際は、大捕物でした。なにせ、」
言いたくてたまらなかったのか、小早川探偵が続きをかっさらいました。
「鷹野丸家邸宅の地下に、一大賭博場があったんですよ! そこを、ようやく押さえられたのです!」
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