第4話「下はプリンだから」
策を講じて車で近くのスーパー。
夕方だけあって混雑している。
「今日からあげがいい」
「塩? しょうゆ? 生?」
「竜田揚げチック」
「ボケでボケてくるの止めてよ」
ジト目で俺を見ながら、モモ肉を手に取る。
それグラムで値段変わるやつじゃないのか?
見ないでカゴに入れたぜ。
「いや、ボケてないし」
「あたしは味聞いたの」
「俺は種類」
「話が平行してるじゃん。交わってないっ」
「悪い悪い。しょうゆにしようぜ」
「もう……。竜田揚げにするの?」
「んにゃ、普通にからあげに……」
町は狭いなっ。親友の妹が視界に入った。
トラブルになる前に相手の動線からはける。
「え、どうしたの?」
あ、やべ。とっさに愛海李の手を取ってしまった。
驚いた顔をした愛海李に慌てて手を離す。
「あみちゃんがいた」
「ありがとう」
「まぁ、最悪な別れ方してないにしても気まずいもんは気まずいべ」
「なに思われてるか謎なのがまた、ね?」
「確かに」
これだから恋愛はめんどくさい。
当人同士の問題ではなくなってる。
トラブルになりたくないから俺は彼女いらないかも。
いや、でも、例外はある。
(近くなったっ)
(シーぃ。選ぶふりしろ)
横顔なら人違いという言い逃れができる。
(う、うん)
(んでもって、移動するぞ。右向け)
愛海李の袖を掴み、あみちゃんと逆方向へ。
バレてないバレてない。
グゲッ!
「首締まるって!」
「声が大きいっ」
誰のせいだよっ。言いたい気持ちを飲み込む。
襟が首に食い込むくらいの力あんのかよ。
「プリンプリン」
「え、夜にデザート大丈夫か?」
「プリンは太らないんだって」
「あ〜、なんか聞いたことあるかも」
確かにプリンは太らないって聞いたことあるけど、ホイップクリーム上に乗ってたらなんの意味もないんじゃない? 結構砂糖使ってるだろうから。
「お肉食べたら野菜も摂らないと」
「もっと早く気づこうぜ。入り口まで戻るんだから」
「ちょっと反省してる」
「今のところまけてるみたいだな」
棚から顔を出し、あみちゃんを目で追う。
ここでバレたら当分このスーパーには来れなくな――
「いらっしゃいませ。どなたかお探しですか?」
店員に怪しまれた! 今の行動が不審だったようだ。
もの凄く目が警戒してる。
「いえ、お構いなく」
「なんでもないですよ」
「持ち物検査とかしてもらってもいいですよ。なにもしてませんから」
「いえ、そこまでは大丈夫です。疑ってしまってすみませんでした」
深々と頭を下げ謝罪してくる。
目立つ目立つっ。あみちゃんに気づかれてないといいんだけど。こういうときってやじ馬ができるから興味を引いてしまう危険性が大きい。
でもまぁ、万引きしたと疑わられたのだから謝罪をされるのは悪い気分ではないけどさ。
オーバーアクションなのよ、今の店員さん。
「宏和行くよ」
「お、おう」
長居をするべきじゃないと判断してか、えみりは野菜コーナーに寄りレジで会計を済ませた。
空気の読めるのはありがたい。
――愛海李のアパートに到着し、片付けも早々に調理を始める。
しょうゆを出し、えみり鶏肉をビニールに入れ揉み出した。
「にんにく入れるか?」
「うん、入れる」
「どのくらい入れる?」
「いいって言うまで」
調味料スペースからチューブのにんにくを出し、垂らす。
「もういいよ」
「ほぼ入ってないけど!」
米粒レベルとはこのことかと思うくらい。
これだったら入れないほうがいいんじゃないか?
「にんにくの匂い取れにくいんだよ?」
「知ってるけど」
「結構これだけでも味するから。騙されたと思って食べてみそ」
「わ、分かった」
なんかにんにくを推されつつ下ごしらえを終え、サラダと味噌汁を作った。
ヤバい、本格的にお腹減ってきた。
程なくして唐揚げも出来上がり、いざ実食のとき。
「あ、ホントだ。わりとにんにくくるわ」
「でしょ。あとは、マヨネーズとレモンかければ」
「入れればいいってもんじゃないな」
「ご飯おかわりする?」
「するっ」
なにこの幸せな感じ。
えみりの後ろ姿を見て、なんとも言えない気持ちになる。
「私的にはちょっと濃いかな」
「分かった。もうちょい薄くしてみる」
「ありがとう」
「そういえばえみり野菜苦手じゃなかった?」
高校のときは愛海李が野菜食ってるイメージなかった。
対面の愛海李のレタス食べてる姿見て不思議に思う。
「苦手だったというか今も苦手だけど。健康のために食べてるの」
「どこか悪いのか?」
「悪くないうちに食べてる」
ウソだな。会社の健康診断でどこかかんばしくなかったようだ。愛海李の表情が暗い。
「なるほどね。野菜ジュースは飲めないのか?」
「飲めないこともないよ」
「ならそっちのほうがいいじゃないか?」
「今度買ってみる」
飯を食べてデザートということで、冷蔵庫からプリンを取り出してくるえみり。
別腹だよね、デザートって。
結構腹苦しいけど入っちゃうんだよね。
「やっと食べられる」
「ホイップこの時間に食べて大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。下はプリンだから」
昼間も思ったけど、どんな理論よ。
いやね、言いたいことは分かる。
テレビでプリンは夜食べても大丈夫的なことやってたけど、あれは何も上に乗ってないものに限ると思うんだよね。
こういうののホイップって甘くしてるから。
分かってるのか分かってないのか……。
恐らくこれは、分かってないでいってるよね。
「おいしい。宏和はいらないってこと?」
「違うよ。気にしてる様子だったから大丈夫かなって思っただけだ。食べるよ、もちろん」
「おいしいよ、マジで」
「……美味い。コーヒー飲みたくなる」
「お酒じゃなくて?」
スプーン口にくわえたまま首かしげる。
さては、この子一人暮らし始めてのんべになったな。
甘いものを酒で流すとか上級者かっ。
酒に飲まれなきゃいいんだけど。
あ、そもそも弱いからのんべでも上級者でもないのか。
「ちょっと失礼なこと考えてない?」
「……美味いな」
「どうせあたしは弱いですよ」
「好きではある?」
「じゃなきゃ飲まないっ」
頬を膨らませプリプリ怒る。
可愛いな。妹みたい。一人っ子だからこの気持ちがそれだか分からないけど。
「低アルコールの酒も売ってるからそれにしたらどうだ?」
「あ、その手があったか」
驚いた様子。
これで潰れた愛海李を介抱せずにすむ。幼なじみといえど女性であることに変わりはないわけだから。
――翌日。朝食を終え、洗濯物を干すのも終盤。
ただの布と愛海李の下着をカモフラして干す。
「さてと……」
麦茶を飲んで休憩し、えみりのノーパソを開く。
こう画面を見ると浮かばないんだよな。
ラブコメか……。中・高って恋愛に嫌われてたからインスピレーションが浮かばない。
ネタでも探しに行くか。人間観察ってホント大事っ。
財布・スマホを持ち外出しようとして靴履いて気づく。
鍵もらってなくね?二人でどこか動いてたから鍵のこと忘れてたわ。
靴を脱ぎ、ベランダへ出る。
ここで我慢するか。どうかなにかありますように!
じゃないと家になにもしないでずっといる罪悪感で押しつぶされそうで。
「あ、おはようございます」
「おはようございます」
お、来た。でも、主婦……。
いやいや、もしかしたら参考になるかもしれない。
ベランダの手すりに腕をかけ、空を眺めるふりをして聞き耳を立てる。
「今日も朝から暑いわね」
「何もする気が起きないですよ」
「あら、やっぱり。私も」
「そう言えば町内会の旅行どうします?」
「行かないわ。時間で動くの好きじゃないのよ」
分かる。旅行って時間がかつかつで。
やっぱり集団で旅行行くのはできることなら行きたくない。
「そうなんですね。あたしは行こうかな」
「行ってらっしゃい」
「それじゃそろそろ失礼します。日焼けしちゃいますし」
「そうね。私も帰ろ」
バラけていく。車が往来していく音が耳に入る。
やっぱり参考にはならなかったな……。
井戸端会議は、小ネタとしてメモっておこう。
麦茶でも飲むか。
休憩し、再びベランダ。
「……」
強面の人が歩いてくる。
うわ、ちょっとしゃがんでおこう。目が合ったらやばいことになり得る。リスク回避というやつ。
「あれ、どうしたんでしゅか?」
「え……」
赤ちゃん言葉に引いて思わず声が漏れる。
「今日もかわいいな~。カフェ行きましゅか?」
犬が答える。去っていく通行人。
ギャップっていいかも。クールそうに見えて実は〇〇みたいな。思わぬ収穫。意外とベランダでもアイディア浮かぶわ。さて、そろそろ昼にするか。
「はぁ!?」
響き渡る女性の大声。
びっくりした……。この辺の人じゃないな。
目立つようなこと周辺に住んでたらやらない。
「うるせぇな。暑いんだから」
「私だって言いたくない。どうして別れなきゃいけないわけっ」
「あーもう。それ。それだから」
耳を押さえてうるさいアピール。
「キーキーうんざりなんだよ。なにを話せど突っかかってきやがって!」
「突っかかってないから」
あー、ドラマの撮影かなにか?こんな閑静な場所で言い争いを繰り広げるとか正気の行動ではない。
「あと、もう電話もメールもしてくるなよ」
「分かったよ。あとでなに言っても知らないから!」
「……」
言葉を返さず女性から離れていく。
こんな別れ方は嫌だな。えみりと口も聞かないなんてありえない。
だが、小説のネタにはなる。修羅場って中々展開的に起きないかもだけど。
実際に見れたのは強みかもしれない。
部屋に戻る。汗をかいたせなかでひんやりと感じる。
ノーパソを開くと、時間がわりと進んでいた。
アイディアを整理している間に愛海李が帰宅。
「ただいま〜」
「おかえり」
「アイディア浮かんだ?」
「人間観察してたからわりと浮かんだ」
「あ、外行ったの?」
「それがさ、俺鍵もらってないから出れなかった」
「そう言われてみれば確かに。あとで鍵作りに行こうか」
「オッケー」
やり取りが同棲するカップルなんだけど、愛海李は気づいて……ないか……。
頬も赤くなってないし。はぁ……。この先不安だな。
幼なじみのところに居候したら働きたくなりました 黄緑優紀 @8253
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。幼なじみのところに居候したら働きたくなりましたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます