幼なじみのところに居候したら働きたくなりました

黄緑優紀

第1話「言い返す言葉もありません」

 とある街中の喫茶店。

 窓から見える桜の花びらを眺め、コーヒーを一口口に含む。


「改まってどうしたの?」


 大きな目で俺を見つめる一人の女性。

 みてくれは幼なめ。


「ちょっと相談したいことがあって」

「……相談したいこと?」


 愛海李は、目をパチクリして首を傾げる。

 驚くだろうな……。高校では一番乗りに内定もらったから。

 でも、そういう人ほど辞めるの早いのよ。


「俺今の職場辞めようと思うんだ」

「えっ!? ……」


 期待通りの反応でこっちも驚きなんですけど。

 急に大声を出した愛海李が、斜め前に座っていた客の視線に気づいたか口を押さえる。


「夢を諦めきれなくて」

「だからって辞めることはないんじゃないの?」

「遅筆だから文字数が伸びないんだよ」

「いや、うん。ウェブ見てれば分かる」


 愛海李は、なにを今さらとでも言うかのごとくカップを置きながら苦笑いを浮かべた。

 困ったもんだよな、ホント。


 知り合いに小説投稿サイトで書いてることバレてるんだもん。

 でも、やっぱり執筆や投稿を増やすのは時間が必要なわけで。

 そうなると一般的な勤務時間がもったいなく感じてしまう。


「一応さ二十五までに軌道に乗らなかったらまた職に就こうと思ってる」

「う〜ん、一度しかない人生だしやってみれば?」

「愛海李ならそう言ってくれると思ってた。ウェブ小説がお金稼げればいいのにな」

「無料で登録出来るし、そこまではやってくれないでしょ」

「だよな」


 ため息をつき、俺はティーカップを大きく傾け勢いよくコーヒーを飲み干した。



 ☆ ☆ ☆



 信頼をおいている幼なじみからの許可も出たので今日は辞める目的で会社。

 そのことを伝えたら上司に会議室に連れてこられた。

 凄く神妙な面持ちで前に座っている。


「辞めるってことだけど、パワハラ?」

「いえ、違います」

「なんだパワハラじゃないのか。ならどうして辞めたい」

「どうしても夢を叶えたいからです」

「うわ、眩しい眼差しっ」


 太陽の光を遮るような仕草を上司はしてみせる。

 真面目な顔はただのフェイクだったらしい。

 凄いコミカルな動きである。


「若いな、やっぱり。何になりたいんだ?」

「小説家です」


 ラノベ作家と言っても恐らくイチから説明をしないと分からないだろうから総合しての名称にとどめておいた。

 時間ばかりかかってしまうからな。

 こっちとしてもあっちとしてもメリットにはならないだろう。


「官能小説?」

「ち、違います。セクハラですよ」

「グレーゾーングレーゾーン」

「それで辞めさせてもらえますか?」


 少しおふざけが過ぎますよ……。

 いつぞやの声優みたいな言い方に腹が立つ。

 グレーゾーンとかの概念じゃないんだけど。

 セクハラは受けた方がどう思うか。


「うん。ていうか、断れないからさ。基本的に」

「ありがとうございます」

「これからいろんな意見で大変だろうけど頑張ってな」

「はいっ」

「またどこか出会えたらサインお願いするかも」

「気が早いですよ」

「はははっ。……じゃあ、そろそろ。今までお疲れ様でした」

「こちらこそありがとうございました」


 ご丁寧な上司に見送られ、事務所を出る。

 最後にこの建物を眺めてから行こう。



 ☆ ☆ ☆



 月日の流れってこんなに早かったっけ?

 辞めてから早二年が経過した。

 自室でダラケていたら親に足蹴リされ、絶賛悶え中である。


「やっぱりこうなった」

「……言い返す言葉もありません」

「小説は?」

「書いてはいる」

「なにその続きがありそうな感じ」

「でも、閲覧数はゼロ」


 テーブルに突っ伏す。

 そんな俺に「……どんまい」と母はポンと肩に手を置いた。

 パンチしてやりたいっ。なにがどんまいだよ!

 さっき足蹴りした人とは思えない行動だ。


「ここまで来て投げ出すとか笑えないからね」

「分かってるっ」


 顔を起こし、真剣な表情をしているお袋に牙を向けた。

 一番それはもったいない人生の使い方だ。

 言われなくても理解はしている。


「閲覧ゼロって言うけど、投稿する時間帯気をつけてる?」

「まちまち」

「一定にしなさい」

「なん時に投稿するよ」

「隙間時間に読めるところ」

「アバウトっ」

「やっぱり投稿する時間っていうのは、一定の方がリピーターが増えたとき便利」

「随分詳しいなっ」


 さては、ウェブ巡回してるな。

 嫌に説得力のあるアドバイスに引っかかりを覚える。


「テレビでやってた」

「ウソはつくもんじゃないぞ、お袋」

「知らないの? ウソには種類があるの」

「種類?」


 蹴られたところをさすりお袋の言葉をオウム返し。

 意味の分からないことを言う。

 

「優しいウソと悪いウソ」

「して今のは?」

「もち優しいウソ」

「そうですかそうですか」


 てか、テレビでやってたのウソかよっ。

 ケリを入れてきたからにはさぞや他に要件があるんだろうな。


「ときに息子よ」

「なんだよババア」

「……また蹴られたい?」


 微笑みを浮かべ、母親は片脚を上げてみせる。

 なんで俺がウソを言うとマジでとるの。

 笑ってキレるとか高度なことしなくていいし。

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