第2話「笑顔が大ダメージ」

「優しいうそです」

「なお悪いから。ていうか、本題入る」

「はいはい」


 俺が相づちを雑にすると、それが気に入らなかったのか「端的に短く言うから」と語気を強めてお袋が言った。


「了解」

「愛海李ちゃんのところで居候しなさい」

「……はぁ!?」


 自分でもデカいと思うほどの声が出た。

 お袋が耳を押さえ、うるさいアピール。


「うるせぇ。耳が聞こえなくなるかと思った」

「叫びもするだろ」

「愛海李ちゃんサイドには了解済み。安心して」


「理解に苦しむ。娘の一人暮らしのところに男が転がり込むなんてとてもじゃないけど許せるもんじゃないんじゃないか?」

「時代はまわってるの。大丈夫大丈夫。場所はメールに添付しといたから。さぁ、準備スタート!」


 パンパンと手を叩いてみせ、お袋がはやしたててきた。

 とりあえず必要最低限のものを持ち、お袋の元へ戻る。


「おし、じゃあ、カーナビを頼って目指せ愛海李ちゃんのアパートへ!」


 背中を押され、半ば強引に家を追い出された。


 ――カーナビに入り組んだ道を案内されながら無事に幼なじみの住むアパートに到着。

 外来と書かれた駐車スペースに車を止め、荷物を持って愛海李の部屋を目指す。

 なんかいい感じのアパートだな。

 オートロックでこそ無いものの少し高そうなイメージを抱いてしまう。

 階段を上がると、見知った顔がドアからひょっこり頭を出していた。


「ようこそ我が寝床へ」

「言ってて恥ずかしくないのか?」

「……橋の下で暮らしたらいいんじゃないかなっ」


 ボケを冷静に返したので急に恥ずかしくなったのか、愛海李は顔を赤くしてドアを閉めようと手を動かした。


「あー、ごめんなさいすみません!」

「入って、目立つし迷惑だから」

「お、おう」


 理由が嫌だけど、これから衣食住を共にすることになるから大人しく中へ入る。

 頭がわずかにボーとなった。甘い香りが俺を襲ってくる。

 ヤバい、他のことを考えよう。


「キレイにしてんな」

「A型なもので」

「へぇ〜」


「ていうか、宏和は相変わらずなわけ?」

「かっちらかってる」

「汚くしないでよ?」

「もちろん居候させてもらうんだから最善を尽くすつもり」

「つもりね」


 苦笑いを浮かべて腕まくりをしながら愛海李が流しへ向かう。

 これは、にわかに信じてないな。


「断言はしないでおく」

「オケオケ」


 タオルを貰い、うがい手洗いをする。

 ……同じタオル!? 流れで使っちゃったっ。

 別に好きとかじゃないけどさ。やっぱりなんか恥ずかしい。


「サンキュ」

「これからどこも行かないよね?」

「行かないと思う」

「じゃあ、引っ越し祝いを兼ねて飲もうっ」

「マジかっ。嬉しい」


 手際よく酒とコップを用意する愛海李。

 今さらだけどいくら幼なじみと言っても男女が同じ部屋って良くなかったんじゃないのかな。

 笑顔が大ダメージ。胸がドキドキしている。


「用意するってことは前から言われてたのか」

「前からっていうか昨日だね」

「ありがたくいただきます」

「そうしてくれたまへ」


 誇らしげに愛海李がプルタブを開けた。

 プシュといい音。缶を渡してもらい、愛海李のコップに酒をそそぐ。


「ありがとう」


 斜めに傾けていたコップを戻す。

 愛海李がなにやらキッチンへ向かい手に皿を持って帰還した。

 ラップがかかってる。


「もしかしてつまみ手作り?」

「うん、当たり」


 手作りを当てたことが嬉しかったようで一際スマイル。

 可愛いにもほどがあるぜ……。


「やっぱりそうか」


 一口食べてみる。うわ、ウチのお袋よりも美味いかもしれない。


「あたし添加物ダメなの」

「愛海李もそうなんだ」

「お腹痛くならない?」

「大変なことになる」


 最悪三十分くらいトイレから出られない。

 冷食に美味しいものもあるが冒険するにはあまりにリスキーすぎる。


「だよねっ」

「マジ助かる」

「感想をどうぞ」

「美味いっす」

「良かった……。口に合わなかったらってヒヤヒヤしてた」

「肉じゃがに口に合わないはなくね?」


 今までで肉じゃががマズいって思ったことないけど。

 味つけのこと言ってるのか?


「いやいや、あるよ」

「そうなんだ」

「コショウ入れる派もいるし」

「こ、コショウ!?」


 味の想像ができない。しょっ辛くなるのか?

 はたまたスパイシー?


「……ンク。他にもあるからね」

「ありがとう」


「にしても、本当に辞めるとはびっくりだよ」

「やっぱり一度きりの人生だから」


「まぁね。しかも、今やウェブで稼げるし」

「簡単じゃないけど、望みはありまくり」

「なるほど。よし、あたし応援する! 先物投資っ」


 グビッと仰いで大声。顔が赤い。酔ってきたな、こいつ。


「急にきたな」

「……フヘェヘ」

「5%で」


 アルコールの表記見て嬉しくなる。

 弱いのに飲んでくれた。愛海李を見て思わず笑みが溢れてしまう。


「お昼寝するぅ」

「お、おう。そうか」

「宏和隣。そしてゴロンっ。床冷ちゃいね」


 床に倒されてしまった。

 見つめ合う形に急に鼓動が早くなる。

 この先理性が持つか不安になってきた……。


「……っ……」


 目を離したすきに寝てやがるっ。

 いっそ襲ってやろうかな。ま、ウソだけど。

 起こさないように立ち、つまみをラップでくるんで、コップも流しに入れておく。

 あ、このままだと風邪ひくか。上着でもかけてやろう。


「……ふぅ……」


 イスに座り、テレビをつける。


『ひゃっ。ここで!?』

『場所なんて気にすんな』


 まさかのベッドシーン!

 平日の昼間ってこういうの多いんでしたね、そうでしたっ。

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