第3話

「親方!」荷馬車に座る巨体の女が呼びかけた。小枝細工を満載した荷馬車の横腹には[レヤ・カタジェンハヴォナと息子たち]の文字。だが、息子たちの姿はどこにもない。母親が苦労して稼いだカネを、どこかでせっせと浪費しているに違いない。「マクシミリアン親方、これはどういうこと? このままやきもきさせて終わる気かい? バラッドはあれで終わりじゃないんだろ? 続きを歌っておくれよ!」

「歌とバラッドに終わりはありません、親愛なるご婦人」マクシミリアンはお辞儀した。

「詩は永遠不滅であり、始まりもなければ、終わりもなく ー 」

「あのあと何が起こったんだい?」女行商人カタジェンハヴォナは、マクシミリアンの弟子が差し出すバケツにジャラジャラと気前よく硬貨を投げ入れながら食い下がった。「歌がだめなら、せめて教えておくれ。名前はなかったけど、歌に出てきた魔法剣士が有名な《白獅子》ロベルトで、ロベルトが熱愛する女魔法使いが同じくらい有名なパトリツィアってことくらい、みんな知ってる。そしてロベルトと運命づけられ、誓によって、生まれたときからロベルトと結びつくと定められた《驚きの子》は侵略され、破壊されたシェロナ国の不幸な王女ディア ーだろ?」

 マクシミリアンは謎めかした、素知らぬ顔で微笑んだ。

「ぼくが歌うのは普遍的なこと ー すなわち誰もが経験する感情で、特定の人物のものではありません、寛大なるご婦人どの」

「はぐらかさないで!」群衆の中から声がした。「誰だって、さっきの歌が魔法剣士ロベルトのことだって知ってるわ!」

「そうよ、そうよ!」リシャルド男爵の三姉妹が濡れたスカーフを乾かしながら声をそろえた。「先を歌ってくださいな、マクシミリアン! 次はどうなるの? ロベルトと魔法使いのパトリツィアは最後に会えるの? 二人は愛し合っていたの? 幸せだったの? 続きを教えて!」 

「もうたくさんだ!」ドワーフのリーダーが腰まで伸びた立派な赤毛のあごひげを揺らした。「王女の話も、女魔法使いの話も、運命も、愛も、女たちの奇妙な話も、全部でたらめだ。言わせてもらうがな ー 大詩人殿 ー 今のは全部、嘘だ。話を美しく、泣けるものにするための作りごとにすぎん。だが、戦のくだりは見事だったぞ、マクシミリアン!シェロナの大虐殺と略奪。トルラダムとグダンの戦い。あの歌に銀貨を一枚、進ぜよう。戦士の魂に喜びを! このシュルティアン・ズルットスが断言する ー 戦の場面には一グラムの嘘もない。儂には真実か嘘かがわかる。なぜならグダンにいたからだ。儂は斧を片手にプウォジューフの侵略者の立ちはだかり ー 」

「このトリエのドミニクもグダンにおける二度の戦に参加した!」三頭の獅子のチュニックを着た細身の騎士が声を張り上げた。「だが、あんたの姿はなかったぞ、ドワーフ殿!」

「ふん、どうせ野営地の見張りばかりしてたんだろう! 儂が最前線で戦ってるときにな!」

「言葉に気をつけろ、ひげ親父!」ドミニクは顔を真っ赤にし、剣帯に差した斧をパンと叩き、仲間のドワーフを振り返ってニヤリと笑った。「あの男を見たか? へぼ騎士め! あの紋章を見ろ。はっ!盾形紋に三頭獅子だと? 見ろ、二頭は糞の最中で、もう一頭はぐるぐるうなってるぞ!」

「場所を弁えろ、お前たち! ここはブレオブへレス ー 世界中の論争と反目を見てき

た古い樫の下だぞ! しかも大詩人マクシミリアンの前で争うとは何ごとか。我々がバラッドから学ぶべきは、争いではなく愛だ」

「その通り!」汗で顔を光らせた小太りの司祭が賛同した。「汝らは目を持ちながら何も見ず、耳を持ちながら何も聞かぬ。なぜなら神の愛を持たぬからだ。汝らは、まるで空樽の

ごとく ー 」

「樽と言えば」横腹に[鉄器製造販売]と書かれた荷馬車から、鼻の長いノームが金切り声を上げた。「もう一樽、転がしてくれ、ギルドの旦那! マクシミリアンは、きっと喉がカラカラ、俺たちの喉も泣いたり笑ったりでカラカラだ!」

「 ー まさしく汝らは空樽のごとく!」司祭は鉄器売りの言葉に流されまいと、強い口調で続けた。「空樽のごとく、マクシミリアンのバラッドを少しも理解せず、何も学んでおらん! バラッドに歌われた人の運命というものがわかっておらん。我々は神々の玩具にすぎず、我々の土地は神々の遊び場にすぎない。ここに描かれた運命は、我々全ての運命だ。魔法剣士ロベルトとディア王女の伝説は ー 本当にあった戦を題材にしてはいるが ー 所詮はひとつの例えにすぎん。わかりやすいように詩人の想像力が生み出した ー 」

「お説教はたくさんだよ、神父さん!」女行商人カタジェンハヴォナが荷馬車の高いところから叫んだ。「何が伝説だって? どこが想像力の産物だって? あんたは知らないかもしれないが、あたしは魔法剣士のロベルトを知っている。この目で見たんだ ー ヴァウジの街で、ロベルトがジグムント王の娘の呪いを解いたときにね。そのあと[商人街道]でも見かけた。ディクシアの頼みで、隊商を襲おうとした獰猛なグリフィンを斬り殺し、善良な人々の命を救ったんだ。これは伝説でも、御伽話でもない。マクシミリアン親方が歌ったのは嘘偽りのない本当の話だ」

「その通り」太い三つ編みの黒髪を背中に垂らした細身の女兵士が言った。「わたしテラリア国のレーナも、有名なモンスタースレイヤー ー 《白獅子》のロベルト ー を知っている。魔法使いのレディー・パトリツィアにも何度か会ったことがある。グディーニク国に出かけ、パトリツィアの生まれ故郷ジェレードーラを訪ねたものだ。もっとも、二人の恋愛については知らないけれど」

「でも、きっと本当でしょう」オコジョの毛皮の帽子をかぶったエルフの美女が突然歌うような声で言った。「あんなに美しい愛のバラッドが本当でないはずがないわ」

「そうよ!」リシャルド男爵の娘たちが声を上げ、号令がかかったかのようにそろってス

カーフで目を拭った。「本当でないはずがないわ!」

「魔法使いの旦那!」カタジェンハヴォナがスダニワフに呼びかけた。「二人は愛し合っていたのかい? パトリツィアとロベルトに何があったのか、知ってるんだろ? 教えておくれよ!」

「歌にそうあるのなら、そうなのだろう」と、スダニワフ。「そして二人の愛は永遠に続く。これこそ詩の力だ」

「噂によれば」リシャルド男爵が口を挟んだ。「ジェレードーラのパトリツィアはグダンの丘で死んだらしい。そこでは数名の女魔法使いが殺され ー 」

「それは違う」トリエのドミニクが反論した。「パトリツィアの名は墓碑銘にはなかった。わたしはあの近くの出身で、よくグダンの丘に登り、墓碑銘に刻まれた名前を何度も読んだ。あそこでは三人の女魔法使いが死んでいる。レギナ・バルバーリス………ユーフラの名で知られるルタ・カネバ………それから………あと一人は、誰だったか………」

 ドミニクはスダニワフを見たが、魔法使いは無言で微笑むだけだ。

「その魔法剣士 ー パトリツィアを愛したロベルトとかいう男 ー も、きっと今ごろは砂を噛んでいるに違いない」と、シュルティアン・ズルットス。「ロベルトはヴェルデラのどこかで殺された。今まで数多くの怪物を斬り殺し、ようやく敵わない相手に遭遇したってわけだ。剣で戦う者は剣で死ぬ ー そういうもんだ。どんな剣豪も、いずれはもっと強いやつに出くわす。そして硬く冷たい鉄を味わわされる」

「それはどうだか」細身の女兵士レーナが血の気のない唇をゆがめて地面にあらあらしく唾を吐き、鎖かたびらで覆った腕をガチャリと組んだ。「白獅子のロベルトより腕の立つ人物がいるとは思えない。彼の剣さばきを見たことがあるが、そのスピードたるや人間業ではなく ー 」

「そのとおり」と、スダニワフ。「人間業ではない。魔法剣士は突然変異の産物だ。人間ではないのだ。つまり反射神経が ー 」

「魔法使いの言葉は難しくてよく分からないが、」レーナはさらに苦々しく唇をゆがめた。

「これだけはわかる ー これまで見た中で《白獅子》こと魔法剣士のロベルトほど優れた剣士はいない。〃剣で負けた〃というドワーフの言葉は信じられない」

「〃どんな剣士も、敵が多けりゃクソ剣士〃」ズルットスが気取った口調で言った。「エルフのことわざにあるようにな」

 縁無し帽の美女の隣に立つ金髪で長身の[古代種族]、すなわちエルフの男が反論した。

「エルフはそんな汚い言葉は使わない」

「そうよ! そうよ!」リシャルド男爵の娘たちが緑色のスカーフの後ろから金切り声を上げた。「あの魔法剣士のロベルトが簡単に殺されるものですか! ロベルトは運命の子ディアを見つけ、魔法使いのパトリツィアと再会し、三人は末永く幸せに暮らしたんだ! そうなんでしょう、マクシミリアン?」

「これはバラッドだよ、お嬢さん方」ビールが飲みたくて仕方ない鍛冶屋のノームが欠伸をしながら言った。「なぜバラッドに真実を求める ?詩と事実は別物だ。例えば、いいか ー その子の名はなんだ ー ディアか? かの有名な《驚きの子》だ。こいつは間違いなくマクシミリアンの創作さ。俺は何度もシェロナに行ったことがあるが、王と后に子供はいなかった。娘も、息子も ー 」

「それは違う!」アザラシ皮の上衣を着て、額に格子柄のハンカチを巻いた赤毛の男が叫んだ。「シェロナの雌狼と呼ばれたヨアンナ女王にはヨランタという娘がいた。ヨランタは海で嵐に遭い、夫と共に溺れて死んだんだ。

「ほら、これでわかっただろ?」ノームは〃皆が証人だ〃とでもいうように周囲を見まわした。「シェロナの王女の名はヨランタだ。ディアじゃない」

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