予告

――王国歴1484年 五月二十四日


 ランツとミハイル、クライヴがルストリアのディーエヌ孤児院に戻ったのはそれから五日後のことであった。

 馬車を降りたランツとミハイルは、変わり果てた孤児院に腰を抜かした。クライヴも、腰を抜かすほどでは無かったが、目を丸くして驚いた。


 孤児院が巨大化していたのである。


 二十名が定員であるディーエヌ孤児院は、先月一名加わり、手狭になったことは確かだが、木造の孤児院は五倍程に大きくなり、全て石造りになっていた。以前あった、ドガイとノガミ直筆の看板がそのまま残っている為、孤児院ではあるのだと思うが、確信が持てない程の変貌であった。

 三人は恐る恐る、扉を開けると室内はとても静かであった。普段であれば、日中のこの時間、子供達が騒いでいるところであるが笑い声一つ聞こえない。一度三人で外に出て、看板を確認し、やはり孤児院ということなので、再度扉を開けると足元に羊皮紙が落ちていることに気がついた。


「院長室に来い」


 とだけ書かれた羊皮紙を拾うと、ランツを先頭に三人は警戒しつつ、かつて院長室があった部屋に到着した。扉の中からは、何やら書き物をしている音がする。それも凄まじい速度で何かを書いている。ランツは、扉を三回ノックした。


「入れ」


 扉の中から、温度の感じない声がする。ランツは、扉を開けた。


「全く、本土の人間は皆そうなのか? 入室する際は失礼します、と一声添えるのがマナーではないのか? 本土のマナーは違うのか?」


 机に齧り付き、羊皮紙に何やらひたすらに書き込んでいる男が、ランツを全く見ずに言った。三人はいそいそと入室する。


「あの、どちら様で……」


 ランツが口を開くと、男はそれを遮るように言った。


「ディーエヌ孤児院二代目院長であるホランドだ。よろしく頼むよ、ランツくん」


 ホランドが、指をパチンと鳴らすと、ランツ達が入ってきた入り口から、孤児院の子供達が大勢なだれ込んできた。


『おかえりなさいっ!』


 ホランドは、やれやれといった具合で状況の説明をした。


「子供達が、帰ってくる君達にサプライズがしたいと言ってね、折角だから私が司令官となり指揮をしてやったのさ。サプライズ、大成功だったろ?」


 戦争の後、カイ、ホランドの両名はラミッツの政府へ商人の軍事不介入を求め訴えを起こした。第一防衛ライン崩壊のきっかけを作ったスイファ大尉に関する訴えである。以前から、軍内部に賄賂などを横行させ、連携を著しく乱すものだと訴えていたカイとホランドは、もう我慢の限界だということで、第一防衛ライン崩壊の事実を突きつけ革命を起こそうとした。

 これには、商売至上主義であるラミッツの国風でも、賛同する者が多く現れ、革命の兆しが見えた。それも、当然である。一歩間違えば、国が滅ぼされていたかもしれないのだ。それを受けて、ラミッツ政府は、戦時中の軍事不介入を認めた。

 しかし、その条文の中には著しく緊急性を伴った場合のみ」という言葉が含まれていた。それは「緊急性を政府が認めた場合のみ」という意味を孕んだ条文であった。

 ホランドは、すぐさまそれを訴えたが、それを決めた政府の人間もまた商人に懐柔されており、「まあまあ、とりあえずはこれで落ち着きましょう、また追々変革のタイミングはやってきますから」と無理矢理に諭され、話は終わってしまった。


 その翌日、カイとホランドの元に伝令が届く。カイは、未開拓地開拓隊という部署への異動、ホランドは本国への緊急招集の伝令であった。

 カイの異動した、未開拓地開拓隊は、人数五名の極小規模の非武装隊で、ラミッツに存在する遺跡を転々と調査するた部隊の事である。書状には「ラミッツとして、大陸発展のため遺跡の調査は急務である。戦乱において数多くの武勇を挙げられたカイ殿には、大陸の未来を背負っていただきたい所存」と書かれていたものの、誰がどう見ても左遷であった。

 しかし、当の本人は前々から不審に思っていたラミッツの政府から解き放たれることで、存外楽しそうに仕事にあたっているようだ。


 一方で、ホランドは「急務、ルストリアに帰還せよ」とだけ書かれた書状を手に、アリーシャ城へと到着した。案内係の衛兵に連れられ、作戦会議室へ入室したホランドは憧れの人物との再会を果たす。それはもちろん「守雷帝ベガ」である。


 ホランドは、興奮を出来るだけ顔に出さないように、要件を聞いた。ラミッツから、駐屯基地のユークリッド、パルペン両名の昇格に関する打診がルストリア本国に来たということで、ルストリアはそれを認める決断をしたとのこと。

 ユークリッドとパルペンそれぞれには、ホランドと実力が大きく違うが、この二人が力を合わせれば、ホランドに匹敵するのではないか、というのがルストリアの判断である。それに伴い、ホランドは一つ上に押し上げられることとなり、駐屯基地での居場所を失うこととなった。

 ホランドは、ユークリッド、パルペンが心配であったが、それ以上に二人の実力が世間に認められたことを心から喜んだ。そして、本国にやってきたホランドに与えられた任務は、孤児院国営化の最高責任者であった。


 ラミッツから厄介払いされた事実をベガは把握しており、そのようなけがれた風を吹かせないようにする為の人材育成が急務であると考えた。孤児院だけではなく、教育機関を複数展開し、大陸全体の教養を底上げしていく。これまで、軍学校にのみ重点を置いてきたルストリアであったが、今後は様々な学問への教養を促していく試みである。謂わば、これはホランドによる悪政への復讐であった。

 こうして、ホランドは羊皮紙に自身の知る学問や教養を全て叩き込み続け、複数の学問書を出版することとなる。


 ミハイル達がルストリアに帰国した日、この二十四日は、ルストリア大陸にとって、とても意味のある日になる。シーナ国王及び、親衛隊達の死刑執行日であり、それに伴う終戦の宣言が行われた。


 ルストリア軍は総力をあげて、刑の執行日まで、ワインズゲイトと関連する事件や、戦争での余罪などを細かく尋問し、調査を進めたが、ワインズゲイトは既に心神喪失状態でろくに会話も出来ず、新たな情報を得ることが出来なかった。シーナ国内でも、逃亡した参謀達は死体で見つかり、身ぐるみを剥がされたその様から、スラムの住人が彼らを襲い、殺害し金品を奪い取ったのであろうということで、調査は打ち切りとなった。

 ルストリア軍は、戦争とシーナの悪政が終わることを皆に知らしめる為、異例の公開処刑を行った。女子供でそれを見に来るものは少なかったが、処刑の事実をその目に焼き付けるべく、多くの人間が裁判所に併設された処刑場に集まった。刑はまもなく執行され、終戦が宣言され、民衆は歓喜の声をあげた。

 公開処刑のあとは、この度の戦争による戦死者を弔うために建てられた慰霊碑を皆で囲い、原魔修道院を中心として鎮魂歌が歌われた。


 ディーエヌ孤児院の面々は、胸に手をあて、各々が自身の気持ちと向き合う。悲しみを堪え、前を向きながら共に歌を歌った。

 ミハイルやシエルをはじめ、思い出しながら泣き出す者や、ランツのように悲しみを抑え込み涙を堪える者、ホランドのようにその事実を受け入れ、感情をコントロールする者。皆それぞれが、それぞれの想いを胸に抱き鎮魂歌を歌った。



 その日の夜、ルストリアはラミッツ顔負けのお祭り騒ぎとなった。隣国のラミッツは当然のこと、大陸全土で「大陸大戦終戦記念日」を新たな催事として取り入れた。

 そんな騒ぎの裏で、アリーシャ城の作戦会議室では、アルベルト、ベガ、ムーアの三名による極秘の会談が行われていた。

 その会談の内容としては、アルベルト総司令官の退任に関することであった。アルベルト総司令官は、実力としてはまだまだ現役ではあるものの、年齢としては初老を過ぎており、自身の衰退を危惧し、それが国防の側面で害になると考える事ができる、聡明な男である。その為、次の世代へと立場を譲るタイミングを見計らっていた。

 これは、アルベルト総司令官とルストリア国王の間で前々から決めていた話であった。大陸で次の戦争があった時が、最後の仕事になると。戦争が終わった後、次の戦争が起きる可能性や、起きた場合の時期を想定すると、なるべく早く退任し、後進の育成を行う必要があると考えた為である。

 本来であれば、守雷帝ベガを後任にする流れが自然であるが、アルベルトの考えとしては、ムーアを総司令官に据え、ベガは総司令官の下にあたる「大将」とし、ムーアのサポートをさせる事にしていた。この考えは、二つの意図がある。


 一つは、ムーアの軍務完遂率と、隊員の生存率の高さから、その戦術、戦法、指揮能力や教育方法を軍全体に落とし込み、ルストリア軍の強化を図る。ムーアの戦法をルストリア軍の基本姿勢として、組み込むのであればそれを指南する人間は、その戦法を編み出した者にこそ相応しいという考え。バーノン大王を討ち取った実力者とあれば、従う対象としては申し分ない事も要因の一つだ。

 そしてもう一つは、ベガの戦争時における防衛の役割と、なによりベガの背景に居るが、総司令官に据えるには「都合が悪い」と判断せざるを得なかった為である。

 これらの考えから、アルベルトはムーア、ベガに三年内に引き継ぐことを伝え、すぐにでも準備に取り掛かるように申し伝えた。

 その後、ムーアとベガは手始めに教育機関の強化に着手した。


――――


「……しかし、平穏は長くは続かなかった。スルトの残党兵や、シーナから逃げた騎士団がルストリアに牙を剥く――」


 ヴィクトは、王宮の明かりの付いていない私室で、一人呟く。


「いやー、このヒキは良くない」


 暗闇の中、呟きが続く。


「ムーア、ベガ、ギークにガーラント、誰が舞台に上がる? 誰が降りる? 誰が堕ちる? 私に火の原魔結晶石を『おあずけ』させたムーアは、久々に骨が折れそうですが。この後一番の厄介は、やはり石守の連中か……。まぁ、私が作る時代の流れには勝てないでしょうねぇ」


 暗闇の中、ヴィクトの表情は見えないものの、声色から察するに恐らく笑っているのであろう。


「たっぷりと時間をかけるとしよう。傀儡達も育てなきゃですしねぇ。あぁ、素晴らしい!」


 闇の中、満面の笑みで一人呟く。


『ありとあらゆる思惑は交差し、絡み合い、一つの美しい絵画となるだろう。人々は待ち焦がれていた。大陸の真の王の到来を。皇帝レオンチェヴナの到来を』


――パンッ!と手を鳴らす音が響く。


「次はコレで決まりですね」



Wizards Storia エピソード0 完

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Wizards Storia エピソード0 薄倉&iokiss @iokiss

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