約束
――王国歴1484年 五月十八日
ラミッツ国立病院では、アルロが長い眠りから目を覚まそうとしていた。アルロが眠っている間、妻であるミラとディーが毎日通い、アルロの身の回りの世話を行い、回復を願った。
ランディ王子の計らいにより、ディーの家族の生活は充分な程保証され、アルロの治療費に関しても全て国が受け持った。
「……おはよう、心配かけたね。随分大人になって、十年くらいは経ったかな?」
体を横にしたまま、アルロはディーに向かって軽口を叩く。
「うわぁぁぁぁん」
泣いてアルロにしがみつくディー、それを包むように抱きしめるミラ。
生死を彷徨ったが、アルロは見事に生還した。しかし、アルロの背中の傷は脊椎を損傷させ、右半身は運動失調となった。つまりは、半身不随である。
明るい性格が持ち味であるアルロは、自身の体の状況を確認すると、「ランドローク国王には、首から下が動かないってことにして、多めにお金をもらおう!」などと、冗談を言っていたが、家族であるミラもディーも、強がりで言っていることにすぐに気がついたため、この現実にまだ折り合いは付けられなかった。
病室の前では、ランツとミハイルが来ていた。
ミハイルの強い望みで、ランツとミハイルの二人は帰国を遅らせていた。どうしても、ミハイルはアルロの回復を待ちたかった。とは言え、延々とラミッツに留まる訳にはいかなかったので、ランツは昨日完全に回復したクライヴを確認すると、今日か明日には帰国できるよう準備を整えていた。
その日は既に夜に差し掛かっていたので、ディーとミラ、ランツとミハイル、そしてクライヴも国立病院に併設された宿泊施設に一泊することとなった。
夜も更け、寝付けなかったミハイルがロビーに訪れると、そこにはソファーに座るディーの姿があった。
「こんばんは」
ミハイルにいち早く気がついたディーは、疲れた顔で挨拶をした。
「こ、こんばんは」
ミハイルは、なんと声をかけたら良いのかわからず、ただただ狼狽えた。
「寝付けないの? こっちに座れば?」
ディーが向かいのソファーを指さすと、言われるがままにミハイルは、腰をかけた。
「……」
沈黙が訪れる。ロビーに置かれている振り子時計の音だけが、鳴り響く。
『あのさ』
二人同時に話し始めるが、ミハイルは会話の開始をディーに譲った。ディーは少し笑いながら話し始める。
「ありがとな、父さんが回復するまで待っててくれたんだろ」
ミハイルは、下を向きモジモジしている。
「あの……その……」
ディーはそれを見て急かしたりしない。ミハイルがゆっくり言葉を探して、話し始めるのを待っていた。ミハイルは、それに気がつくと、少し深呼吸をして話し始めた。
「……ごめんなさい。僕が、もう少し強ければ、アルロさんは傷付かなかった」
これには、ディーは心底驚いた。
「……何言ってんだよ。俺たち子供だぜ? あの場で出来ることなんて逃げることくらいだよ」
ミハイルは、申し訳なさそうな顔をしながら、ディーに言う。
「あのね、僕きっと魔法が使えるんだ。だから大人になったら兵士になって、みんなを守ろうと思う! あの日守ってくれた兵士さん達みたいにさ!」
ディーはミハイルの決意に関心しつつも、あの日誰もが目撃出来なかったものを、自分は見ていた事を思い出した。
それは、ミハイルが高速移動した際に体から零れた、魔法の片鱗であった。緊急時で、それこそ見間違いであったか、あるいは、別の魔法の魔力を見たのか、ディーはそう思い処理していたが、思い返せば確かにミハイルから零れたものであった。
そして、ディーは魔力が「見えて」いることに今気がついた。
「僕、強くなるよ。誰も困らなくて済むように、強くなる」
ディーは心が締め付けられるような感覚を覚えた。
目の前の、両親が居ない同い年の子供が、自分と同じ危機に面して、それを自分の責任に出来る強さと、危うさを見て、こう言わずには居られなかった。
「俺たちは友達だ! それもとびきりの友達だ!」
ミハイルは、唐突なディーの宣言に戸惑い、ディーの顔を不思議そうに覗き込んだ。ディーはそれに対して少し恥ずかしそうにしたあと、鼻を擦るとミハイルの目を見て言った。
「俺も、俺も強くなって誰かを守る! だから俺達は今日から同じ目標をもった友達だ! なっ?」
「うんっ!! ディーはすごく勇気があるから、絶対に誰かを守れるよ! へへ」
「今度はさ、俺がルストリアに行くよ! そん時は、ミハイルが案内係になるんだからな! いいだろ?」
「もちろん!」
と、ミハイルは朗らかな笑顔で答えた。
ディーは、ミハイルの前に右手を差し出すと小指を立てる。それに気がつくと、ディーの言っている意味を半分も理解していないミハイルは同様に手の形を作る。二人は小指を絡ませて、『約束』を行うと、今まで関係性が無かったことがおかしく感じて、二人で笑った。
翌日、ミハイルがラミッツを出発する際に、見送りに来たディーは、祖父の形見であるお気に入りの懐中時計をミハイルに手渡した。これは、ディーの今最大限に出来る好意の示し方であり、ミハイルは少し戸惑ったが「ありがとう、大事にする」と言うと、自分の腰に括り付けた。
「またね、ディー!」
「ああ、またな、ミハイル!」
ルストリアに向かって乗合馬車は動き出す。カラカラと音を立てて。
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