新たな火種
――王国歴1484年 五月十五日
ラミッツや、ルストリアからスルトに入国する際に必ず通る、東西に大きく広がったブランドラッツ平原を北西に抜け、ラピドス川に架かる橋を渡ると、炭鉱の町ギルムガンナがある。
スルトの名産である様々な鉱石の採掘は、国内の至る所で行われているが、ギルムガンナはその中で最も古い鉱山があり、最盛期に比べれば幾分か減ってしまったものの、鉱夫が盛んに採掘を行なっている。
先の戦争を経て、スルトは国としての形を失い、ルストリア統治領土となった。しかし、広大なスルトの領地をルストリアのみで把握し、治安を守ることは難しく、同じく崩壊したシーナの領地の把握をミクマリノと協力して行う必要があった為、ルストリアとラミッツは協力して民を受け入れる政策をとった。それでも、自身の生まれ育った土地を離れることに抵抗のある人々は少なからずおり、その地に留まっていた。
代々採掘を行うギルムガンナの民のほとんどは、その地を離れることはなく今まで通り暮らしていたのだが、周辺の治安は酷いものだった。そもそもスルトは、食料の自給率が非常に低く、他国からの輸入なしでは生計を立てられない。
その為、ギルムガンナはラミッツへ鉱石を輸出する代わりに、食料や衣料を輸入していたのだが、この街道に野盗が頻繁に現れるようになった。この野盗は、先日の戦でスルトに傭兵として雇われていた者達を筆頭に構成されており、戦いを
野盗に対して、ルストリア、ラミッツは人手を割くことはできず、ギルムガンナは傭兵を雇い荷馬車を守りながら送り迎えをすることになり、その費用はギルムガンナの民を確実に追い詰めていった。それに対して手を差し伸べたのは、鉱石の買い手であるラミッツの「武器商会」であった。
武器商会のグラは、無償で日中の街道に傭兵を等間隔に配備し、更には鉱石を通常の倍の金額で買い取るという、常識では考えられない支援を行った。この行動には、マルスをはじめとする武器商会の会員も驚きを隠せなかったが、それに対してグラは、葉巻よりも高価な紙巻きタバコを咥えながらこう答えた。
「戦争の後、新たな商売が栄える可能性がある。俺が今咥えているタバコもその産物だ。マグナが儀式に使っていた大麻の葉を押収した際に、スルトの医療班が兵士の為の興奮剤として成分を抜き取った。不要になった搾り粕を、ラミッツの商人が引き取り、麻の洋服を作った。別の商人がその洋服の切れ端を集め、丹念に薄く伸ばして紙にした。しかしコストの割には、大して儲からなかった。困った商人は、葉巻業者の友人に相談したところ、協力してそれを販売することにより、葉巻よりもスマートで、香りも遜色ない紙巻きタバコが発明されたのだ」
大陸で喫煙といえば葉巻であるが、栄えた町の一部では徐々に紙巻きタバコが浸透しつつある。
「まあ、何が言いたいのかというと、現在武器の商売において大陸での流通を九割近くもっている我々武器商会であるが、敗戦したスルトや、あるいはシーナの土地から、その流通を脅かす新たな商材などが現れれば、大切な商売が脅かされることとなる。ギルムガンナを支援するのが仮にルストリアであれば、状況は最悪だ。ルストリアに武器工場など出来てみろ。確実に我々の脅威になる。謂わばこれは、強いられた支援ということだ。それに……」
グラは話しすぎたと、咄嗟に口を継ぐんだ。マルスからあれこれ詮索されたが、はぐらかすばかりだった。
グラは、今回の戦争を起こした者の影を見つめていた。それゆえに、この仲間に囲まれた状況でさえ警戒した。大きな流れが起きようとしている、その火種に気付いてはいけない。
その火種を守護する脅威が、すぐ近くに現れる可能性がある限りは。
「ギルムガンナに、次の戦争の火種がある気がする」
グラが言わなかった言葉である。
ギルムガンナの炭鉱は、ギルム山に複数空いている穴の奥にあり、掘り尽くされた穴は基本的には木材でバリケードを張り、放置される。鉱夫はもちろんのこと、ギルムガンナの人々であれば、子供でさえそこには近づかない。
これは、他の穴での採掘の振動で崩落の恐れがあるからで、ギルムガンナでは常識である。しかし、その穴の一つの最奥で生活を行う者がいた。
「まだ戦争は終わらない。スルトは終わらない」
複数のランタンに囲まれて、十数名の屈強な男達が呪文のように唱えている。その中心にいる大男は、ラミッツ侵攻から敗走したガーラントであった。体の傷は自身の治癒魔法により、完全に癒えており、他の兵も同様に綺麗な姿であった。
「我々の戦いは、まだ終わっていない。いいな、何も終わっていないのだ……」
ガーラントが、決して大きな声ではないが、力強く言うと、ガーラントを囲う男達は無言で頷き、スルト復興と、大陸全土への復讐を誓った。
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