後始末
――王国歴1484年 五月十五日
シーナという国は、貧富の差が激しい国である。国王ワインズゲイトは、第一次大陸大戦の戦犯者として投獄され、刑の執行を待っている。罪を犯した者は、基本的にはその国で裁判を行い、罰を受ける。
その為、各国に監獄はあるが、今回の件は異例であった。国の長である国王の裁きは、当然本国では行うことが出来ず、ルストリアの最高裁判所エクシードにて、その裁きが行われた。
バーノン大王がギークによって討たれ、アンが戦没した後、ラミッツ、ルストリア、ミクマリノから囲い込むように兵が出ると、あっという間に、ワインズゲイトは捕縛された。かなりの抵抗が予想され、手厚い出兵を行なったものの、シーナ王都ウインダートに兵が訪れると、奴隷兵達はそれを喜び、自ら出頭した。
奴隷兵達は罪を軽くするため、リダー・ヴァン・デ・ウインズを筆頭とする魔法騎士団の面々を次々に殺した。つまりは、雇い主の首を手土産に、降伏を申し出たのだ。
ワインズゲイトの側近や参謀は、戦争の敗北を予期すると、ルストリア到着の知らせを聞く前に、城から脱出し、ルストリア軍がやってくる方向とは逆の、南に向かって逃亡した。同様に、魔法騎士団の生き残りも、南西にあるスラム街に向かって逃亡する。参謀達と共に逃げなかったのは、参謀がワインズゲイトを裏切るわけが無いと思っていた騎士団と、その逆を思っていた参謀でのすれ違いによって、互いに疑心暗鬼になってしまったからであり、それぞれが個々での逃亡となった。
ワインズゲイトの捕縛には、パンテーラからバルバロッソが派遣されており、ベガからシーナ国宝である「
裁判中、ワインズゲイトは「バーノンに脅されて」であったり、「私は何も知らなかった」であったり、二転三転する証言を行い、終いには「人間には一度も過ちを犯す権利が無いのか!」と言うと、その場で泣き叫び、裁判を傍聴していた、各国の有力者達を困惑させた。
一国の王として、想像を絶する呆れた主張は、当然聞き入れられず、判決は極刑、すなわち死刑であった。
また、意外なことではあるが、ヴィクトの名前はそこで出ることは無く、議論の余地すらなかった。これは、この度の戦争でヴィクトが、ワインズゲイトと直接会話をすることなく、参謀とのやり取りだけでワインズゲイトを操ったことにより、この企ての存在を知らなかったことが原因であった。
参謀は功を挙げるべく、ヴィクトの存在を隠して、ヴィクトの進言だけをまるで自分の意見のように申し立てた。国王は、それを受け、自分の発案のように戦争に加担した。何から何まで、責任をたらい回しにする国は、ヴィクトがシーナの参謀を裏切り、参謀が国王を裏切り、国王が国民を裏切る形で終焉を迎えようとしていた。
――その日の夜。
「……」
暗闇に紛れ、一人の男がシーナのスラム街を抜き身の剣を持ちながら歩いていく。
シーナのスラム街は、この大陸で最も治安が悪く、規模も大きい街である。廃墟が立ち並び、街灯の一つもない。時々、廃墟の中から火の光が見え、その中から微かに人がいる気配がある。足元は瓦礫と割れたガラスが散乱していたりするが、スラム街の中でこれから足を守ることが出来る靴を履いている者は稀であり、大体が布袋のようなものを足に巻き付けている。それを靴と呼んでいる者が大半である。
仮に足を怪我したとして、傷口から菌が入り込んで破傷風にかかったとしても治せる医者は少ない。いたとしても高額な治療費を請求される為、そこに行くという発想がない。
もっと言ってしまえば、その医者が医者という保障もなければ、治療を本当にしてくれたか、もらった薬は本当に薬なのか、そういったところから既に曖昧である。
そのような地獄を顕現したような街並みの中で、抜き身の剣を持ちながら歩いていくその風景には、違和感がなかった。
男は、一際大きな一つの廃墟を見つけると、その建物の中に入っていった。その廃墟はかつて大きな図書館であったようで、足元には繰り返される雨風によってグズグズに壊れた蔵書が散乱しており、非常にカビ臭い。
一番奥の部屋に行くと、一部足元の蔵書が散乱していない区画があり、一メートル四方のタイルが剥き出しになっていた。男は、そのタイルを踵で叩き、中が空洞になっていることを確認すると、そのタイルを片手で持ち上げた。分厚いタイルはコルクのようにゆっくりと引き上がると、その下にある階段が剥き出しとなった。
螺旋階段をしばらく下っていくと、大きな空洞に出た。ところどころ、穴の空いた天井から月の光が注ぎ込まれており、灯りをつけずとも壁を伝われば何とか歩けるほどの暗闇が広がっていたが、その男は真っ直ぐ暗闇に向かって歩いていく。五分ほど早足で歩くと突然立ち止まり、暗闇に向かって声をかけた。
「ミクマリノより救援に参りました」
暗闇の奥で少しだけ音が聞こえた。どうやら何者かがこの暗闇に潜んでいるようだ。
「安全に国外へ逃亡するルートを確保しています。皆さん、時間がありません」
男は再び声をかける。すると、暗闇の奥から一人の中年の男が姿を現す。
「ヴィクトの指示か。全く災難であった。愚王であろうと王は王であると仕えていたが、この様な仕打ちを受けるとは」
救援に来た男は、嘆く中年の男に近づくと、天井から漏れた光が顔に当たる。
その光に映し出されたのは、ギーク大佐であった。中年の男の背後の暗闇から、二名の側近であろう若い男が現れた。
「心中お察しします。建物の裏からすぐの林に、馬車を止めてあります。この辺りは治安が悪い為、馬車が襲われてしまえば足が無くなってしまいます。さあ、行きましょう」
そう言うと、ギークは来た道を戻り始めた。中年の男と取り巻きの二名の若い男は、ギークの後ろに続き歩き始めた。
「しかし、治安の悪い町を放置した結果、こうやって身を隠せるのだから、愚王の愚政もバカにならんな。そもそも私は戦争に加担するのは反対であったのだ」
中年の男は救援の安心感からか、ひっきりなしに話し続けた。ギークは黙ったまま先頭を歩く。
「しかし、天照戦槍斧さえこちらにあれば、並の戦いでは負けることはない。愚王には不釣り合いの遺物よ」
ギークは、一際月明かりが漏れ出す場所でピタリと止まると、ボソリと呟いた。
「はぁ……最後で引くとは、我ながら運が悪い」
そう言うと、ギークの姿はフッと消えてしまった。中年の男と取り巻きが狼狽えていると、背後からギークが現れ、中年の男の首を飛ばし、取り巻きの心臓と喉を貫いた。
倒れた中年の男の体を
「ふーっ」
ギークは、空を見上げてやや欠けた月を見つめる。そして、胸元に入れていた丸めた羊皮紙を取り出し、目の前に広げた。
羊皮紙には、塗りつぶされた名前がいくつも書かれており、残った名前は三人分であった。それを確認すると、ポケットからマッチを取り出し、その場で焼いた。
これにて、この戦争におけるギークの役割は、全て終了した。
ギークは、ヴィクトが接触した者、あるいはこの戦争に加担していることを知っている者の口封じを行なっていた。国宝である天照大槍斧は、国王が所持していなかったことから、逃亡している国の上層部が持ち出していることはわかっていた為、それを奪取した。
シーナが落ちた今、シーナの所有権はルストリアか、ミクマリノが請け負う可能性が高い為、放っておいても手に入ったかもしれないが、所在不明の武力は戦争において非常に有用に働く。ましてや、国宝となればその効果も絶大だ。先日のバーノンとの戦闘で血塗れの剣が、それを証明した。
シーナ軍の生き残りは、敗走した魔法騎士団のみになるが、ヴィクトの行いを知る者はおらず、皆上官の意思に従っただけである為、ギークの手にはかからなかった。
ギークは、国王側近十五名を含む、逃亡した軍上層部三十二名をこの二日間で、一人残らず殺害した。
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