詰みの四手

――王国歴1484年 4月 決戦七日目


 第二防衛ラインでバルグが大王の怒りを発動した後、ルストリア軍が正式に到着すると、スルト軍はあっという間に追い詰められてしまった。しかし、ハーマン・アンは、ルストリア軍が現れた段階で、少数の兵と側近を引き連れ、第一防衛ラインがあった場所まで後退をしていた。

 非常に低い確率であることはわかっていながらも、バルグの大王の怒りを見たシーナ軍が加勢に駆けつける展開を期待したのだった。アンは防衛特化の軍師である。攻めることは苦手であっても、撤退戦は得意分野である。そうして、あり得ない奇跡の7日目を作ろうと、日没まで逃げ延びたのだった。


 兵士達は夜中に逃げ出す者や、恐怖に震えている者、極度の緊張に気が狂ってしまった者、様々であったが、当然誰一人として眠ることなど出来なかった。唯一、ガーラントだけは正気を保っており、付近の兵に話しかけたりして、気を落ち着かせるように立ち回っていた。

 当然アンも余裕はなく、かと言ってもう出来ることもないため、側近に誰もここに近づけるなと命令し、兵士達から離れたところに建築された簡易的な木製の作戦室に引きこもり、何もない机をじっと見つめていた。

 

 すると、突然部屋の外から声がする――


「人が火をおこしたのはいつのことだろう。長い歴史の中で人は未だに火を扱いきれず、火によって災を起こし、火によって傷を被り、激しく燃えていく、灰になるまで。人が魔法を扱うようになったのはいつのことだろう。人は魔法を扱いきれているのか」


 そんなことを言って、室内に入ってきたのはヴィクトであった。


 ヴィクトは、ミクマリノの精鋭と共に、疲弊しているスルト兵の目を盗み、時には暗闇に乗じて兵を屠りながら、アンの元へとやって来た。


「貴様ぁっ! 何故ここにいるっ!」


 思わずアンは声を荒げる。そんな様子を見てヴィクトはニコニコする。当然、声を上げたところで、付近の兵は既に葬っている。


「どうです? さっきの一節は? 私、将来は物書きになろうかな、とか思ってまして」


 アンは座っている椅子に立てかけてあった抜き身の剣を手に取ると、ヴィクトに向けた。


「この裏切り者めっ! 私は最初から怪しいと思っていたんだっ!」


 ヴィクトは、ニコニコ微笑みながら、アンに向かって手をかざす。すると、途端にアンの持っている剣が重たくなり、思わず手を離してしまった。カランカランと音を立てて剣が落ちるとヴィクトが言った。


「私の魔法は事前にお伝えしてましたよね?」


 この戦争が起こる際、ヴィクトとギークの能力については詳細な説明があった。これは、戦場で共同戦線が起こるようなことがあれば、スムーズに連携を行えるように、ということだった。


「重力魔法かっ……」


 そう言うと、今度は体もどんどん重くなっていき、ついには立つことが難しくなる。


「そうそう、重力魔法、魔力阻害魔法、えーと、あとなんでしたっけね?」


 アンの近くまで来て、先ほどまでアンが握っていた剣を拾う。


 瞬間、アンは魔力を込めてヴィクトの手に触れた。ヴィクトに「カンホーレン」を仕掛け、ヴィクトの腕を操ろうとしたのだ。それに気がついたヴィクトは、声を上げて笑った。


「ホント馬鹿ですよね、貴方は。私に触れたって事は、私が触れたって事にもなるんですよ。お忘れですか? 私の魔力阻害魔法を」


 アンの額から汗が流れて、顎を伝わり床に落ちた。


「いやー、苦しいでしょう。なんせ、体内に流れる魔力の流れが阻害されてしまったんですから! ほら、呼吸も難しくなってきたんじゃないですかぁ?」


 アンは過呼吸を引き起こすと、その場で悶え苦しみだした。


「さてっ! 今日は大好きなアン様にプレゼントをご用意してきましたっ!」


 ヴィクトが入ってきた扉から、何者かの首を木の板に載せ、まるで配膳のような格好でミクマリノ兵がやってくる。


「じゃじゃーんっ!!」


「そ……んなっ……馬鹿なっ……」


 ミクマリノ兵が木の板に乗せてきたのは、の首であった。


「あっはっはっはっ! さいっっこうっ! ずーーっと見てられるわぁ」


 ヴィクトは、わざわざしゃがみ込んでアンを見て、笑った。しかし、すぐに真顔に戻った途端、持っていた剣をアンの耳元に突き刺し殺害した。


「私の魔法、素晴らしいでしょう? こんなどこの誰かもわからんような首を、バーノン大王だと思ったんですよっ!」


 急に話しかけられた、首を持ったミクマリノ兵は意味が分からず「はぁ……」と返事をした。


「つまらんっ! 帰るっ!」


 付近から拾ってきただけの、ただのを手で払い落とし、首の乗っていた木の板を持つミクマリノ兵の喉に剣を突き刺し、そのまま剣を捨てて、その場を去った。


 こうして、総司令官であるハーマン・アンが戦没し、バーノン大王はギークの手により処刑、アンの死を知ったガーラントは、兵を集めてどこかへと姿をくらませた。


 残ったスルト・シーナ両軍の中で、ルストリア軍に投降した者は捕縛され、最後まで抵抗した者は命を落としていった。


これにて、五国を巻き込んだ「大陸戦争」は終幕を迎える――。

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