がたんとごとんと繋がる毎日

Tempp @ぷかぷか

第1話

 ゴゴゥという音が聞こえて最初に強い風が吹く。

 乗り換えアプリのおすすめの先頭車両の前にいたものだから、トンネルから押し出される強風に髪を揺らされ体がふらりと揺れた。

 キキウという音をたてて地下鉄が止まる頃には髪の毛がすっかりボサボサだ。急いで手ぐしで直す。


 ここは丸ノ内線淡路町駅。3年も東京にいるのに初めて降りる駅だった。 

 改札を超えて階段を上がるとそこは交差する大きな道路。ええと、どっちにいけばいいんだ?

 地図アプリを開いてもどっちを向いてるかよくわからないや。こんな事はままあるのだ。


 それでも初めての東京に来た3年前よりは随分と慣れていた。

 初めて降りた東京駅。たくさんの人が迷いもせずにどこかに流れていくけれど、地下鉄を探すのに右往左往。とりあえず丸の内線だからと思って丸の内口から出たけれど、ドンと聳え立つあまりに大きなビルと、それに繋がる青い空にひっくり返りそうになった。そのまま見上げて振り返ると振り返ると見事な赤レンガの駅舎。そしてようやく見つけた地下への入り口。

 散々迷って少しレトロな赤い電車に駆け込んだのを覚えている。


 そんなことを思い出しているうちに商談は終わり、次は銀座。丸ノ内線で淡路町からは4つ目だ。

 地下鉄を上がれば町はすっかりキラキラときらめいていた。マフラーを巻き直す。息は既に少し白い。

 今日はクリスマスだ。有楽町線のガード下を超えた先にある並木道の木々は電飾で彩られ、たくさんの光を散りばめている。

 予約していた店で注文していた品を受け取る。とても大切なものだ。

 初めて会ったのもこんな冬の日だった。


「すみません、副都心線はどこでしょう」

「副都心線ですか? ええと、私も詳しくはないんですけど。すごい荷物ですね」

「ええ。急に商品が足りなくなったらしくて」

 あれは去年の、やっぱりクリスマス近くの話。

 大きな地図の前で所在なく佇むその人に声をかけられた。

 場所は渋谷だ。当時も今も渋谷は大工事中で、その人は銀座線から副都心線に乗り換えたいらしかった。垂直につながる地図を眺め、副都心線というのは随分地下の方にあるんだな、と首を傾げる。


 その時は確か、暇だったから買い物でもしようと渋谷に来た。だから時間はいくらでもあった。この広いごちゃごちゃとした迷路の探検も面白そうだ。そう思って一緒にぐるぐると巡る。真っすぐ行って、ひっくり返って、また探してようやくたどり着いた時、たくさんの荷物の中の1つをくれた。

 その人の働く洋菓子屋のクッキー詰め合わせだ。これ以外にも正式にお礼をしたいと言われてLINEを交換したんだ。

 次に待ち合わせたのは新宿駅で、今度迷ったのは自分の方だった。本当に。


「副都心線の新宿区三丁目にいるんだけど」

「ああ、そのまま地下街を三越方面に……」

 三越方面。

 目の前にはとてもとても広い地図。新宿の地下は一体どこまで広がっているんだろう……?

 今いるここがどこかもよくわからなくて、結局迎えに来てもらって洋菓子屋まで連れて行ってもらう。営業中だったのにごめんなさい。それで今度は自分がお礼をする番で。


 その人が古いレシピを研究したいと言っていたのを思い出したから次に降りたのは半蔵門線の九段下。

 たくさんの古本屋が溢れる古本の町。そこで色々と本屋を巡り、あまりの本屋の数に混乱しつつ、ふらりと入った路地裏で食べたパンケーキはとてもふかふかで美味しくて。自分があまりにも美味しそうに食べるものだから少し怒らせてしまった。


「私がつくるケーキもほんっとうに美味しいんだから!」

 それで次はどちらからともなく会う約束をした。

 ベタだけど銀座線浅草駅の浅草寺、半蔵門線押上の上に立つスカイツリー、南北線後楽園駅にある後楽園遊園地。色々なところを巡って今日はだいたい一周年のクリスマス。

 銀座からは有楽町線で池袋まで向かって東京芸術劇場でクリスマスのコーンサート。その後には駅の反対側、サンシャインの上の中華料理を予約している。東京をどこまでも見渡せる窓際の席。


 お誂え向きに240メートルもあるこの建物よりもずっと高いところからは、ちらちらと白い雪が降ってきた。さっきまで綺麗な夜空が広がっていたけれど、どこまでも遮るものもない空と足元に見えるごちゃごちゃとした東京の間。それが遠くまで白と黒で埋め尽くされていく。

 銀座で用意したプレゼントはすでに手のひらの中にある。

 その人がシャンパンを置いたすきにそっと手を取る。ふと目が合う。

「これからも一緒にたくさんの冒険をしましょう、愉快なこの街で」

「よろこんで」

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