あたたかみ

 一頻り泣いた後に訪れたのは、ちょっとした気恥ずかしさだ。

 お互い目も鼻も真っ赤にして泣いてしまったスイと十兵衛は、顔を見合わせて照れ臭そうにへらりと笑う。


「擦っちゃうと駄目ですから、おまけでコレも」


 スイが十兵衛の頬に手をあて、おもむろに額を寄せる。ぎょっとする十兵衛の前で、目を閉じたスイが額と額を合わせると【癒しの風】で腫れた箇所を癒した。


「これでもう大丈夫です。増血薬が効くまで、安静にしていてくださいね」

「あ……」


 そう言って立ち上がり、人手を借りようとどこかに行こうとするのを、十兵衛が手を引いて引き留めた。

 きょとんと目を瞬かせるスイに、思わず俯く。無意識でやってしまった事に反省し、それを自覚してもなおほどけない手に戸惑った。


 ――行って欲しくない。まだ、側に居て欲しい。


 母に追いすがる子供のような気持ちが、胸の内で湧く。戦後の負傷者の治療にスイが忙しい身であると分かっているくせに、理性を覆い隠すようにして感情ばかりが先立った。

 ままならない心と身体に動けなくなった十兵衛を不思議そうに見つめたスイだったが、やがてふっと目を細める。

 掴んでいた十兵衛の手に手を添え、見る者の目を惹く美しくも優しい笑みを浮かべた。


「分かりますよ、十兵衛さん」

「え……」

「人肌、恋しいですよね」


 スイの口から飛び出た発言に、十兵衛の顔が瞬時に茹で上がったように真っ赤になった。

「い、いや! おれ! 俺はそんっ、そんなつもりじゃ!」と大慌てで言い募る十兵衛に、スイはなおも「分かります、分かりますとも」と慈母のような微笑みを向ける。


「たくさん血を失うとすごく寒くなりますからね。当然のことです」

「えっ」

「ということでもっと暖かくしませんと! すみませーん! 男性の方何人かこちらにお手伝いお願いしまーす!」

「参りましょう」

「おー! いけますよー!」


 スイの大声に、近くにいた騎士達がやってきた。ルナマリア神殿騎士団団長のシュバルツ・D・ウルフと、赤狼騎士団副団長のレッキス・エルポートだ。

 めでたい紅白カラーの二人に身体を支えられ、十兵衛の身体が強制的に立たされる。


「エデン教会内に簡易の療養施設を作ってありますので、そちらに寝かせて下さい。身体が冷えているので、湯たんぽと毛布の追加を神官にお伝え願えますか?」

「承知しました」

「お疲れさん、英雄殿。よく寝て過ごすといい」

「いやあの、す、スイ殿、俺はっ」

「お大事に~!」


 晴れやかな笑顔でそう声を上げたスイが、駆け足でその場を去っていく。

「違うんだー!」と顔を真っ赤にしたままうまく伝えられなかった言葉にもどかしさを覚える十兵衛に、両サイドの騎士が分かっているようにうんうんと頷いた。


「違うよな、分かるよ十兵衛君」

「すみません、オーウェン高位神官は神官モードですと発言が危ない事が多々ありまして」

「やめてくれ……その妙な気遣い……!」


 ただでさえ血が少ないというのに、羞恥で顔に血が上ったせいで本格的に身体が冷え始める。

 震えだした彼を見て心配したレッキスとシュバルツが「本当に人肌で暖めようか」と言い出したので、十兵衛は今持てる全力の力で断固断るのだった。

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