くそ≠みそ

 リンの服が出来るまで、十兵衛達がリンドブルムに滞在していた時の事だ。


 冒険者ギルドに今日の報告を【ツリーメイト】を代表してやってきたウィルは、テーブル席で突っ伏している十兵衛を見つけてぎょっとした。

 周囲では難しい顔をした冒険者達が困ったように眉根を寄せたり、慰めるように肩を叩いたりしている。


「なんだいありゃぁ……」

「お疲れ様でしたウィルさん。なんだか、十兵衛さんの故郷の調味料が波紋を呼んでいるようで」


 報告書を受け取り、報酬を支払ったアンナが苦笑するように十兵衛を見やる。


「調味料?」

「みそ? という物をお探しのようです。なんでも茶色くてのっぺりとしたペースト状のものらしく……」

「うんこじゃねぇか」

「うんこではない!」


 ウィルの素直な感想に、突っ伏していた十兵衛が怒りながら起き上がった。


「どう聞いたってうんこだぞ、本当にありがとうございました」

「違う! 失礼だぞウィル! 俺の国の素晴らしい調味料に向かって!」


「食べたことが無いからそんな風に言えるんだ!」と肩を怒らせる十兵衛に、ウィルは片眉を上げた。

 カウンターで二人分のエールを貰ってテーブル席に向かい、十兵衛の前に出してやる。


「で? どんな味なんだよ」

「……しょっぱくて、コクがあって……旨味が凄いんだ」

「焼いて食べたり、汁物に入れたりするんだと。聞いたことあるか? ウィル」

「いんや、俺はねぇなぁ」

「だよなぁ……」


 どうやら味噌を探している十兵衛が、冒険者ギルドにいる冒険者達に知識を募っていたらしい。十兵衛の故郷がどこかはオーウェン公爵ですら発表を控えているとあっておいそれとは聞けないが、そんな彼が求める味噌という調味料がその謎解きにも繋がりそうで、ギルドにいた皆が興味津々で乗ってきたのだった。

 だが、結局のところそれらしい情報は全く出て来ず、十兵衛が撃沈していた、というのが事の有り様だった。


「米がないと聞いた時点で諦めかけてはいたんだ……」

「米?」

「穀物だ。水を張った田で育てる物でな。とても旨い」

「へー。十兵衛って意外とグルメ?」

「分からん。でも旨い物は好きだぞ」

「そんなん誰でもそうだわ」


「それもそうだな」と笑いながら、十兵衛が貰ったエールに口をつける。炭酸にまだ慣れていない十兵衛は、豪快に飲むウィルと違ってちみちみと飲んでいた。


「ていうか、ハーデスには聞いたのか? あいつ転移魔法使えるんだから、その味噌とやらも取ってきてくれたりしねぇの?」


 ウィルの問いに、その場にいた全員が「確かに」と頷いた。

 ハーデスはオーウェン公爵と同じか、それ以上の転移魔法の使い手と言われている。そんな彼であれば、どれほど遠距離にある故郷の物でも信じがたい速度で持って来られるのでは、と考えたのだ。

 だが、それについて十兵衛はすでに聞いていたらしい。大きく溜息を吐いて「駄目だった」と眉尻を下げた。


「あ、そうなの」

「腹を壊すから駄目なんだと」

「……へ、ぇ……」

「消化も出来ないし、猛烈に腹を下して終わるだけだと断られた」


「だからこっちで探したかったんだ」と再度突っ伏した十兵衛に、ウィルと冒険者達は同じ思いを浮かべる。



 ――やっぱりうんこじゃねぇか。



 とはいえ聡明な彼らはそれ以上は口に出さず、稀代の英雄を慰めてやりながら味噌と米とやらの単語だけを脳内に刻んでおくのだった。

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