第四章小噺
おにくと栄養
「ところで、十兵衛さんって牛乳がお嫌いなんですか?」
一通りの調理を終え、席についたスイが食事中の会話のネタにハーデスの話を蒸し返した。
もち麦の海鮮リゾットを美味しそうに頬張っていた十兵衛は、その言葉に思わず固まる。
「あ、そ、その……」
「嫌いだぞ。嫌って言っていたからな」
「ハーデス! お前な!」
「あーもうあきらめろ十兵衛」
唯一十兵衛の牛乳嫌いを知っていたリンが、場を収めつつ宥めた。
「苦手なんだと。でも身体にいいと聞いたから、摂取は続けていたらしい」
「は~……十兵衛さんはえらいですねぇ」
スイは心から賞賛した。そもそも住んでいた世界が違う十兵衛にとって、ここの食べ物は何もかもが未知のものである。苦手な食材があるのは当たり前な話で、それでも堪えて食べていたというのだから、彼の在り様にスイはしみじみ感心していた。
十兵衛はというと、まるで童子みたいだと羞恥で頬を赤らめ俯く。
「うぅ……」と呻く彼を、隣に座っていたアレンが「今度牛乳が出た時は俺が飲んであげるよ」とお兄さんぶって慰めていた。
「まぁ牛乳が駄目なら駄目で、牛乳から得られる栄養素を他で取ればいいだけの話だ。特にお前は痩せておるからなぁ」
この場で一番大柄な体つきであるガラドルフが、心配そうに十兵衛を見やる。
「俺は痩せてる方なのか?」
「自覚がないのか? 剣士として前線で戦うなら、もう少し肉をつけた方がいいぞ」
「筋肉はあると思うんだが……」
十兵衛がぺろりとシャツを捲っておもむろに腹を見る。そんな彼からスイは一瞬目を逸らしかけたが、その体つきを見て思う所があったのかしげしげと神官の視点で診察に入った。
「うーん、悪くはないですが、ガラドルフ様の仰る通りもう少し体重を増やした方がいいですね」
「そうなのか」
「えぇ。十兵衛さんって海鮮料理に喜んでらっしゃいましたけど、お肉よりもお魚を食べる事の方が多かったんですか?」
スイの指摘に、十兵衛は自分の食生活を振り返る。昔よりは肉を食べる機会が増えてきたようには思うが、それでもどちらかと言えば魚であったり、野菜や米を沢山食べることの方が多かった。それをそのまま伝えると、神より人体の知識を賜っているガラドルフとスイの目がすっと細まった。
「肉を喰え!」
「お肉食べてください!」
「え、えぇ……」
二人から発せられたあまりの迫力に、十兵衛がたじろぐ。
そんな十兵衛の腹を遠慮なくぺんぺんと叩きながら、スイは「お肉、お野菜、穀物! バランスの良い食事でとれる栄養が良い身体を作るんですよ!」と声高に言う。
ガラドルフも同意するように、「我が輩の筋肉を見ろ! これが肉の力だ!」と腕をまくって力こぶを見せた。
ハーデスもこの件については同じ意見だったらしい。深く頷きつつ、「スイ達の言うような食生活を続ければ、背も伸びるだろうしな」と告げる。
その言葉に、はっと十兵衛は目を見開いた。
「し、身長が……!?」
「伸びるとも。なんだ、背を伸ばしたいのか?」
「伸ばしたいに決まってる! 高身長の戦士ほど、戦いにおいて有利なものはないからな!」
騎馬での戦いでの有用さや、扱える武器が増える事などを十兵衛は目を輝かせながら朗々と語る。
そんな彼らの熱い語らいを見ていたリンとアレンは、未だぺんぺんと十兵衛の腹筋を叩いているスイの様子に呆れたように溜息を吐いた。
――あれが思い人に対してやる行動か?
――スイ様、意外と大胆だよな。
我に返ったスイが顔を真っ赤にして十兵衛に謝り始める未来は、もうすぐそこである。
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