第三章小噺

侍ヨシヨシデー

 オーウェン公爵邸の広い食堂で、朝食をとっていた時の事だ。

 リンは、ふと違和感を感じた。真向かいに座る十兵衛の様子が、どうもおかしかったのだ。

 白い飲み物が注がれているコップをじっと見つめた十兵衛は、覚悟を決めた顔で一気に飲み干し、すぐに隣の水の入ったグラスに手を伸ばす。

 その一連の流れを注視し、リンはある結論に思い至った。




「十兵衛。お前、牛乳が苦手だったんだな」


 今日は冒険者ギルドの任務がないからと、公爵邸の庭でトレーニングをしていた十兵衛に暇つぶしがてら声をかけた。

 その問いかけに十兵衛はぎょっと目を見開き、だらだらとトレーニングのせいではない汗を流す。


「……だ、誰かに言ったか」

「いいや?」


 首を横に振ったリンに、十兵衛がほっと安堵の息を吐いた。


「よかった……」

「何故だ? 嫌いなら嫌いと言えばいいだろう。ロラントならすぐに別の飲み物を用意してくれると思うぞ」

「いや、ただでさえ世話になっている身なんだ。さすがに忍びない」


「それに牛乳は身体にいいとハーデスが言っていた」と渋い顔で無理やり納得するように頷く。

 義理堅い奴だな~と目を丸くしたリンは、そこでいいことを思いついて十兵衛を手招いた。

 首を傾げながら寄ってきた十兵衛をしゃがませると、「十兵衛は人に気を回せる上に優しい、我慢強い良い子だな!」とその小さな手で目の前の黒い頭を撫でてやる。

「からかうな」と怒られるだろうなと予想しながらのおふざけだったが、何故かそのまま固まってしまった十兵衛に思わずぽかんと口を開けた。


「……十兵衛?」

「あ、いや……!」


 はっと我に返ったのか、十兵衛がとっさに距離をとる。が、慌てたせいで失敗したのか、尻もちをついて俯いた。

 そこで十兵衛が顔を耳まで真っ赤にしているのに気が付いたリンは、なおさら驚いたように目を丸くする。


「な、なーにをこんなことで照れてるんだ、お前」

「い、いや、その……な、慣れてないんだ」

「は?」


 こんなもの人の子がよく親にされる行為だろうと、怪訝そうに眉をひそめる。

 が、それを否定するように十兵衛は首を振った。


「幼い頃、こんな風に誰かに褒められるような経験を俺はしたことがなくて、だな……」

「…………」

「だからその、にが、苦手というか、上手に受け止められなくてす、すま……」

「ハーーーーーーーデス!!」


 カッ! と怖い顔をしたリンが、渾身の叫びでハーデスを呼ぶ。

 その声に応じたのか転移魔法で瞬時にやってきたハーデスが、尻もちをついている十兵衛と怒ったような顔のリンを見比べて「なんだどうした」と口にした。


「十兵衛を撫でろ! 今すぐに撫でろ!」

「は?」

「我と一緒にだ! めいっぱい撫でろこの頭を! 十数年分取り戻す勢いで死ぬ気で撫でろ!」

「なんだかよく分からんが、ようは十兵衛を褒めろということだな?」


「お安いご用だ」と意地悪く笑ったハーデスとリンが、手をわきわきさせながら戸惑う十兵衛に近寄る。


「いや、なんでおま、ちょ……! リン! ハーデス! コラ!」


「やめろーーー!」と困り果てた青年の叫びが、晴天に響く。

 総髪の髪型がぐしゃぐしゃになるくらい、年上の二人から一生分と思える程のなでなで攻撃を十兵衛はくらったのだった。

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