め~おうとさむらい小噺

佐藤 亘

第二章小噺

深夜の山崩し

 砂山の上に小枝が立っている。

 もう二度ほど倒れているそれは、再度枝ぶりを空に向けるように刺されており、足元の不穏な動きに翻弄されるようにその身を傾けた。


「おいハーデス! 取りすぎだ!」

「戦略だ」

「だとしても初手でやられたらすぐに勝負が終わるだろうが!」


「ほらー!」と砂をかいた十兵衛の手に、小枝がぱたりと倒れ込む。

 寝ずの番の暇つぶしにと始めた山崩しの遊びが、十兵衛とハーデスの二人の間で思いの外盛り上がっていたのだった。




 カルド村からリンドブルムへの陸路の道のりは長い。食料も水も十分に積んでいる浮き馬車のおかげで相当に快適な旅路ではあったが、道中の魔物や獣への警戒は怠らなかった。

 視界の悪くなる夜などは特にそうで、日中の間に十分な休息をとっている十兵衛が御者とスイの代わりに寝ずの番を買って出ていた。

 ただ、十兵衛でなくとも寝ずの番に最適な人員がいる。――ハーデスである。

 律の管理者としてそもそも睡眠を必要としないハーデスに任せようと始めこそ思っていた十兵衛だったが、「何某かが襲ってきても『これが寿命だった』と言われて眺められるのは困る」と考え、自ら寝ずの番をすることにしたのだった。


 最初の夜は特に話す事もなく無言で過ごした。次の日は取り留めもない話をぽつぽつとし、三日目ともなると特にすることも無くなって手持ち無沙汰になった。

 寝ずの番なのだから真面目に勤めればいいのだが、一人ならまだしも寝ないハーデスがずっと近くでぷかぷか浮いているのだ。結局気になった十兵衛が話しかけるか、ハーデスの様子に気が抜けるかでついぼんやりとしてしまう。

 周囲の警戒は怠っていないが、せっかくだし何か遊びでもするか、と思い立ってやり始めたのが、この山崩しだった。


 砂を集めて小さな山を作り、その頂きに小枝を立てる。

 順番に砂を手でかいて小枝を倒さないよう山を崩していき、最後に小枝を倒してしまった者の負けという単純な遊びだ。

 ルールを説明されて納得したハーデスと始めた遊びだったが、これが殊の外盛り上がってしまった。すぐにコツを掴んだハーデスが搦め手を実践してくるので、いい勝負が重なったのである。

 今のところ三勝三敗。引き分け状態だ。あと一回やったら止めにするか、と思った矢先、十兵衛の感知圏内に人の気配があった。――スイだった。

 馬車で寝ていたスイが、かけ布をはいでうんと伸びをする。そのまま身支度を整えると、獣避け代わりに焚いていた焚火に近づいてきた。


「すまない、煩かっただろうか」

「いいえ~! 昨日早めに寝たから、目が覚めちゃったんです」


「ところで、それ」と遊び途中だった砂山にスイが目を向ける。

 寝ずの番をするといった本人が遊びに興じていたので、十兵衛はばつが悪そうに頭を掻いた。


「小枝を倒さないように砂を削るゲームらしい。スイもやるか?」

「えー! 面白そうですね! ぜひ!」


 なんのてらいもなく遊びに誘ったハーデスに、スイも目を煌めかせて参戦する。藪をつつく事を避けた十兵衛は特に何を言うでもなく、先ほどよりも少し多めに砂を盛って小枝を刺し直した。

 時計回りに、十兵衛、スイ、ハーデスの順で砂を削ることが決まる。小手調べ程度にちょっとだけ砂を削ってみせた十兵衛は、「こんな感じでスイ殿もやってみてくれ」と促した。


「削ればいいんですね? はいっ!」


 スイは削った。

 それはもうごっそり削った。

 何か神の力が働いているのではと見る者が思ってしまうほどに、小枝の下に柱のように立つ砂だけを残して、その他すべてを削り取ってしまったのだ。

 唖然としたのはハーデスだった。律の管理者目線でも、もはやこの奇跡の砂山に打つ手がない。必ず両手で砂を取るというルールが設けられているため、どこを削ろうにも二進も三進もいかなかった。

 震える指先を堪えながらそっと砂を削ったが、予想通り小枝がぱたりとハーデスの手に倒れた。


「やったー!」

「ハーデスの負けだな! よし次だ!」

「な……ひ、卑怯だぞ! スイの次だと絶対に負けるだろうが!」

「それは分からんぞ。勝負だからな」

「勝負ですから!」


「ねー!」と楽しそうに笑いあう二人に、ハーデスは「こ、こいつら……!」と眉間に皺を寄せる。


 その後、本気を出したハーデスと奇跡を起こしまくるスイの頂上決戦が繰り広げられ、十兵衛は心底面白そうに観戦に徹するのだった。

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